初めての寝台車

ついに出発の時が来た。お世話になったカンカンと周さんに別れを告げ、杭州駅に入る。中国の秋のゴールデンウィーク国慶節の最中であるため、すごい人出だ。列車に乗るだけだというのに、まるでこれから戦争でも始まるかのような熱気に駅全体が包まれている。中国人というのは実にエネルギーに満ち溢れた人々である。

南昌行きの寝台列車に乗り込んでみると、软卧(ソフトベッド)と呼ばれる一等寝台車は想像以上に快適だった。4人一組のコンパートメントなのだが、同室の二人は、品のよさそうな中国人の老夫婦。もうひとりはまだ来ない。途中の駅から乗り込んでくるのかもしれない。19:45 定刻どおりに列車は音もなく出発した。

カンカンは、もともと西安の人である。明るい性格のため、一月前に引っ越してきた杭州にもすぐ友達はできたが、やはり家族や親戚がいないのは、寂しいようだ。仕事があれば、すぐに西安に戻りたいとのことだが、経済的には今ひとつ振るわないようで、日本語教師の仕事がないのだという。国慶節に実家に帰ればよかったのに、というと、帰るのが大変だという。お金の問題?と聞くと、いや列車は杭州から西安へわずか100元(これは硬席という一番安い席の価格と思われる)だ、時間がかかるのが問題だという。私は、やはりそれは金の問題ではないか、飛行機で飛べば、西安は2時間で着いてしまうよ、というと、彼女ははっとした表情で、飛行機を使うなんて考えたこともなかった、と言った。飛行機のチケットはいくらで買えるのと、カンカンが聞くので、1000元くらいだろうか、と私が答えると、彼女は悲しそうな顔をして首をふった。1000元といえば、彼女の月給の半額よりやや少ないくらいの金額なのだ。杭州西安は1500キロ以上はある距離だ。日本人なら普通、飛行機で行くことを最初に考えるだろう。だが、彼女にとって飛行機は別世界の乗り物であって、別の都市に行くということはすなわち列車に乗るということなのだ。

難しいのは、カンカンが中国人の代表というわけでもない、ということだ。列車に乗ることも一苦労のような貧乏人もいれば、飛行機を地下鉄のように気軽に乗りこなす金持ちもいる。それが中国なのだ。中国人は実に多様であり、中国人はこうだ、と単純化できない。日本のような均質的な社会で育った人間にはどうしても想像が難しい部分である。