南寧からハノイまで

南寧国際旅遊集散中心で乗り込んだバスは、あらかじめウェブで調査していたとおり、比較的新しい乗り心地のよさそうな韓国製のバスである。乗客は見たところ2人の欧米人旅行客を除いて、ほとんどが中国人であるようだ。満員というわけではなく、後部座席に多少空席がある。バスの中は、中国らしく朝っぱらから中国の音楽がガンガンかかっている。耳栓をしてちょうどいいくらいの音量である。これからは私にとって完全に未知の領域で、いったい何が始まるか、不安と期待でドキドキする。

バスは定刻から5分だけ遅れて、7:35に出発。

市街を抜けて、やがて高速道路に入る。30分くらいすると、水墨画に出てくるような、不思議な形の山々が見え始める。山の裾野は一面の緑の草原である。実に美しい大自然の風景だ。

9:10 サービスエリア到着。10分休憩。サービスエリアは我々一行以外誰も客がいない。できたばかりという感じの真新しいサービスエリアである。

国境線が近づいている。中国よ、さらば。中国人というのは、超合理的な人々で、商売の場では、無駄な挨拶などを省いて、必要なことしか話さない。そのために日本人には大変そっけなく見える人々である。しかし、悪気があってやっているわけではないのだ。だから、こっちが戸惑ったり、いらだったりすると中国人は不思議な顔をする。大声で喧嘩をしても、翌日には忘れてケロリとしている。明るくさっぱりした人々でもある。最近、中国人に対して、一種のおかしみを感じるようになってきた。私は、中国に来るたびにさまざまな事柄に腹を立てる。しかし、いったん中国を離れると、なんとなくあの中国人の大声や他人を他人と思わない超然とした態度や、その他日本では考えられない、あれこれが懐かしくなる。そして、再び中国を訪れ、再び腹を立てる。これはいったい何なのだろうか。私は、中国が好きなのか嫌いなのか。とりあえず性急な答えを出すことはやめておこう。だが、たぶん私はいつの日か再び中国を訪れるだろう。

友誼関到着。何もないところでバスを降りる。この先歩いていくのかと思いきや10人乗りくらいのカートが到着する。ベトナムドンを売りにおばさんが二人くらい寄ってきたが、よくわからないので無視する。いま思うとレートが悪くても両替をすべきだった。ベトナム側にはそういう「両替行商人」はいなかったからだ。

カートに乗って、友誼関の風格のある門をくぐり、あっという間に中国側のイミグレーションへ到着。この建物はなかなか立派である。入り口で、門番をする中国の警官にパスポートを見せると、引き締まった表情で、敬礼を返してくれた。中国のイミグレーションは問題なく通過。

出口で、ふたたびカートに乗り込んで、ベトナム側のイミグレーションの建物に到着。そこで私は驚くべきものを見ることになる。

建物はおんぼろで、数十年前に建てられた後、あまり手入れされていないように見える。驚いたのは、そこには、イミグレーションで見慣れたブースがなかったということだ。私は文章力がなくてうまく説明できないのだが、普通は、イミグレーションというところは、スーパーのレジのように、入国審査官が入ったブースがずらりと横一線に並び、入国したい旅行者は、それぞれのブースの前に列を作り、一人一人、入国審査官の審査を受けることになる。ところが、このベトナム側のイミグレーションオフィス、驚くほど雑然としているのである。入り口から見て、左側に、ずらりと駅の切符売り場のように窓口が並んでいる。まずは、入って一番奥(ほとんど出口付近)の窓口へ行って、税関用のフォームを受け取る。それを適当に記入して(記入台さえない)、今度は入り口に近い窓口に戻り、税関用のフォームをパスポートに差し挟んで、窓口の奥に差し入れる。その窓口の役人は、パスポートと束にして受け取り、一つ一つひたすら処理していく。つまり誰のパスポートなのか、本人の顔を見ながらチェックしないのである。しばらくすると、その窓口の役人が旅行者の名前を叫ぶので、受け取りに行く。最後に、入口と出口の中間付近の窓口で「検疫検査」を受ける。といってもありがちな赤外線センサーで体温を測るだけである。不思議なことに、この検査に料金が要求される。2000ドン(1円=170ドンとして、12円)なのだが、ベトナムドンがまだないので、1元(16円)渡したら、ハンコ押してある領収書をパスポートにはさんで、あっさり通してくれた。ようやく入国できたかと安堵して、建物を出ようとしたら、出口の表示がわかりづらく、間違って役人の執務室へ入ってしまった。役人は、黙って出口の方向を指し示した。

私は世界中を旅してきたが、こんなハチャメチャなイミグレーションは初めてである。正直、とんでもないところに来てしまった、と思った。やれやれ。こんなところでビジネスができるのだろうか?

この中越国境を陸路で通過して痛感するのは、中国とベトナムの経済力の格差である。中国は、本当によくやっていると言わざるを得ない。中国の何かにつけ新ぴかのきれいな施設を見た後では、ベトナムの施設はいかにも見劣りする。ベトナム政府の行政の効率性が低いことが予想される。ベトナムの経済成長の足を引っ張っているものがあるとすれば、おそらく、この点だろう。この仮説が正しいか否かは、そのうちわかるはずだ。

やれやれ。休憩だ。しかしベトナムドンがないんだけど・・・。ここはいかにも国道沿いのドライブインという風の場所である。フォーを作っている店に行って、フォーフォーというと、あっちに行って、まずチケットを買え、と中国語で言われる。おお、このお姉さん中国語が話せるのか。チケット売り場に行って「フォー・ボー」(牛肉入りフォー)と言うと、10元だという。だめもとで、両替できるかと中国語で聞いてみると、できるという。とりあえず50元渡すと、12万ドン返ってきた。このレートはごく普通である。そこで、さらに200元渡して両替した。今度は48万ドン返ってきた。人民元 250 元分もあれば、とりあえずしばらくサバイブできるだろう。

休憩が終わったさあ出発と思いきや、今度はバスが故障したらしい。運転手がバスの後部にもぐってなにやら作業をしている。乗客はクーラーの効かない座席でしばらく待たされた。サウナのように車内は暑く、汗が額をたれ落ちる。

結局、このバスは放棄され、同じバス会社のほかのバスに移動することになった。もともと乗客が乗っていたところに、さらに別の乗客が来たので、このバスは超満員である。バスは水田の中に家々が雑然と建っている風景の中を進んでいく。私の生まれた北関東の風景に心なしか似ている。道路は、想像していたほど悪くはないが、運転マナーは聞いていたとおり、最悪である。クラクションを鳴らしながら、バスは次々と車を追い抜いていく。

中国人とベトナム人以外でこのバスには、日本人の私のほか、アメリカ人の男女が2人乗っていた。こういうめちゃくちゃな状況なので、外国人同士は自然に助け合うようになる。彼らの名前は、男性がビンセント(Vincent)と女性がリネー(Renee)。二人は結婚したばかりだという。ビンセントは会計士、リネーはマーケティングの専門家で、ビンセントが働いていた会社が倒産したのを機に、二人でタイにやってきて、英語教師をしていたという。タイに半年ほど滞在したあと、中国・ベトナムと旅行して、アメリカに帰るとのこと。

なさけない話、ベトナム語を3ヶ月勉強したものの、韓国・中国と旅行している間にすっかり忘れてしまっている。あまりにいろんな言語が頭を通過して行ったからだろう。これから勉強のしなおしである。

とにかくハノイに着いた。結局、ビンセントとリネーとタクシーを同乗して、彼らが泊まっている Tung Trang Hotel(ツンチャン・ホテル)に泊まることにした。一泊20ドルらしいが、広くて快適な部屋なので、とりあえず今晩はここに泊まることにした。無線 LAN が部屋から使えるらしいのだが、なぜかつながらない。iPhone はつながるので、これは私のパソコンの問題だと思う。やれやれ。まあいいや、とりあえず、今日はゆっくり休むことにする。