ホテルの周りを歩き回る

ハノイで私の泊まっているホテルは、ホアンキエム湖の北、旧市街と呼ばれるエリアである。ここは通りが、文字どおり縦横に交錯しており、その狭い通りにのしかかるように、両側の商店が迫り、通りはバイクと車がクラクションを全開にして、狂ったように走り去っていく。方向感覚には自信があるほうだが、ここでは不用意にホテルから離れるのは、危険だ。あまりに道が込み入っていて、元に戻れない可能性があるからだ。

今日は、ホテル近くのしゃれたレストランでフォーを食べる。おいしかった。ホアンキエム湖の位置を地元の商店のおばさんに、つたないベトナム語でたずねてみるものの、いかにも面倒だという表情で、適当な方向を指差す。やれやれ。この態度の悪さは中国商人並だな。(ただ、中国人ならたぶん中国語でまくし立てるだろうが、ベトナム人は押し黙っているだけというところが違う)ホアンキエム湖畔まで10分ほど歩く。ホアンキエム湖は想像より小さかったが、なかなか味のある湖畔であった。ホアンキエム湖には外国人観光客がたくさん訪れる。それ目当てに怪しげな行商人も大勢集まってくる。いく人もの人々に声をかけられたが、その中でグイグイと腕を引っ張る者がいる。見ると、浅黒く肌が日焼けして、昔の農民という風体の男である。ベトナムの地図を掘り込んだ Zippo のライターを掲げている。大方偽者であろう。冷やかしてやろうかと、値段を聞くと、15ドルだという。「日本では5ドルで売っているよ」というと、12ドルにすぐ下げてきた。しばらくやりあったが、最後には、この男、5ドルでもいい、と言い出した。原価がいくらなのやら。私は、それでも買わないというと、彼は私に向かってなにやらベトナム語で短く叫んだ。その表情は、いかにも「この馬鹿野郎」みたいな表情であったので、おそらくそのような内容のベトナム語であったのだろう。冷やかした私も悪かったが、私は腹を立てるというより、この男に一種の哀れみを感じた。あの様子から察するに、商品は一日売れて2つ3つという程度であろう。いくらでもいいから換金したいという風であった。たまにうぶな外国人が言い値で買ってあげるのが、わずかな収入源なのであろう。彼は年のころ30前後であった。妻や子供もいるのかもしれない。外国人相手にインチキ土産品を売りつける商売は、それなりにリスクもある。まっとうな仕事が他にあれば、こんな仕事には就かないだろう。実際、社会の平均所得がある一定の水準に達するとこの種の人種は、存在しなくなる。たとえば、昔、韓国には、日本人をはじめ、外国人相手にこうした怪しげな商売をする者たちがいた。しかし、いまはほとんど見かけなくなった。中国にはまだいるが、昔より数はずいぶん減った。ベトナムが、もしこの先、経済成長を続けることができれば、こうした人々はいなくなるだろう。

ホアンキエム湖からの帰り道、小奇麗なカフェに入ってみた。客は、裕福そうなベトナム人たち。ケーキとコーヒーを注文する。日本の田舎の喫茶店と味も雰囲気も大差なかった。帰り道、案の定少し迷うが、なんとかホテルにたどり着いた。方向感覚のない人には、この道筋は地獄だろうな。ホテルの近くの行商人から、リンゴを買う。若い女の子だが、小さなリンゴ2個で、10,000ドン(62.5円。1円 = 160 ドンで計算)という。ちょっとこれは高いんじゃないの?5000ドン札を見せると、それでもいい、という表情をする。結局 5,000 ドンで買った。どうやら、この国は万事この調子で買い物をしなければならないらしい。