サイゴンの夜

今晩は、東京のベトナム語先生のハーさんの友人、ニャットさんと夕食に出かけた。午後7時、ニャットさんがホテルに現れた。長身のスラリとしたさわやかな青年である。彼は、タムさんという、かわいらしい女友達も連れてきていた。ハーさん、ニャットさん、タムさんは、昔、同じ職場でアルバイトをしていたそうだ。

ここはベトナム。当然のごとく、ニャットさん、タムさんの二人ともそれぞれバイクに乗ってきている。私は、ニャットさんのバイクの後ろに乗り込み、サイゴンの夜を走り始めた。夜の道は、通勤帰りのバイクの群れが洪水のようにあふれ、きらびやかなネオンとけたたましい騒音のなかで、私たちの乗るバイクは他のバイクたちに包みこまれるようにして、先に進んでいる。近未来の東京を描いた、大友克洋の「AKIRA」の登場人物になったような気分である。

それぞれの都市は、その街の顔となる交通機関を持っている。それに乗らなければ、そこに住む人たちの心情は理解できないような、その街を象徴するような乗り物だ。東京は、電車。韓国や中国の諸都市では、バス。ベトナムは、もちろんバイクだ。

到着したのは、日本でいえばビアガーデンのようなところだった。胸元が切れ込んだ服を着たスタイルのよいウェートレスたちが注文をさばいている。ちょうどアメリカのレストランチェーンの Hooters みたいな感じだ。とはいえ、べつに怪しい場所でもなく、いたって健全な飲み屋だった。私たちは、魚の鍋料理を食べた。魚は新鮮でおいしかった。

話していて驚いたのは、ニャットさんはハーさんの彼氏だったということだ。なんと。ハーさんは彼のことは単に「友達」としか言っていなかったのに。ハノイで会ったクイン・アインさんも彼氏がいることを隠していた。どうも、ベトナムの女性は恥ずかしがり屋というか、慎み深いというか、この手の話題には慎重なようだ。私は、カナダに4年間住んでいた影響もあって、こういう話をあけすけに話すことに慣れてしまっている。だから、ちょっと新鮮な感じだった。

帰り道も、夜の公園には、若者の群れがあふれていた。話に聞いていた通り、ハノイよりサイゴンのほうが夜はにぎやかである。レロイ通りにそびえる REX ホテルが、きらびやかにライトアップされていた。