ベトナム語について

今日午前、ホーチミン市人文社会科学大学で、初めてのベトナム語の授業を受けた。今日の先生は、恰幅のよい優しそうな中年の女性の先生。授業といっても、個人授業を希望したので、先生と私の二人だけである。100分(前半50分・後半50分)の授業で、一日20ドル。経験ある大学の先生の個人授業が 20ドルというのは安いともいえるが、ベトナムの物価を考えればかなり高いともいえる。経験豊富そうな先生で、巧みに例題を挙げながら、一つ一つベトナム語の基本的な発音を教えてくれた。

ベトナム語は、中国語から深い影響を受けている。日本語・韓国語と同様に、抽象的な概念を表す語は、中国語から入った語彙が多い。表記文字は、韓国語のように固有の文字を用いることなく、アルファベットなので、初学者にはなじみやすい。読み書きは、日本人にも比較的早く習熟することができる。

鬼門は発音である。母音も子音も日本語より大幅に多い上、声調(音節の内部の音の高さの変化。意味の弁別にかかわる)が6種類もある。-p, -t, -k などの子音の閉鎖音で終わる音節(閉音節)も多い。私は、同じく声調言語である中国語(北京語)もずいぶん勉強したが、正直、それよりベトナム語の発音のほうが難しいと思う。

さらに、ベトナム語固有の厄介な事情がある。まず、日本のベトナム語研究はまだ緒に就いたばかりで、信頼できる越日辞書・日越辞書がない。

なんとも悩ましいのは、ベトナムにはちゃんとした「標準語がない」という事実である。日本では、ベトナム語の標準語は首都のハノイの言葉である、ということになっている。これが、ベトナム政府の公式見解でもある。しかし、ベトナムの経済の中心はホーチミン市サイゴン)であり、人口もハノイを圧倒している。政治の中心ハノイと経済の中心ホーチミン市は、長細い国土を持つベトナムの北端と南端にそれぞれ位置し、その間の距離は1500キロ以上離れている。そのため、同じベトナム語でも、ホーチミン市では、ハノイとはかなり発音や語彙の違いがみられる。そして、ホーチミン市の人たちには、「ベトナム標準語」ハノイ方言を話そうというそぶりはまったく見られない。

やや不謹慎なたとえ話をするなら、青森人が日本全体を征服して、首都を青森市に置き、津軽弁を日本の標準語と定めたが、経済の中心である東京では、誰もそんなことを気にせずに東京弁を話し続けている、という感じだろうか。

私は、東京ではハノイ方言を学んだ。これからは、活動の本拠がホーチミン市である以上、サイゴン方言を学んでいこうと思う。やれやれ。また一からやり直しである。

ベトナム語を学ぶ上で、障害は他にもある。

ベトナムで外国人が活動する場所(ホテル・レストラン・カフェ等)では英語がよく通じてしまうのだ。そのため、ついつい英語に頼ってしまう。英語がまったくできない人なら、嫌でもベトナム語を覚えるしかないのだろうが・・・。さらに近年は、日本語熱が高まっており、日本語を話せるベトナム人もそれなりにいる。というわけで、ベトナム語を話さなくてもそれなりに生活できてしまう、という事実は、ベトナム語学習の意欲をやや削いでしまう。

まあ、私の目標はベトナム語の専門家になることではないので、それでもいいのかもしれない。私がベトナム語学習するのは、ベトナムという国と人々をより深く理解するための手段にすぎないからだ。