ベトナムの行政制度

ベトナムは、共産党の一党支配の国である。アメリカや日本のように、欧米流の民主主義を採用している国ではない。民主主義国の日本で生まれ育った私にとって、ベトナムの行政制度は、まるで火星人の社会制度のように異質に感じる。日本人と国民性において共通点が多いベトナムにあって、私にとっては一番なじみにくい部分である。そこで、ベトナムの行政制度について研究してみた。

ベトナムの人口と面積

まずベトナムという国の大きさを理解しておこう。Wikipedia ベトナムによれば、

面積 329,560km²
人口 8423万人(2005年)

である。日本が面積377,835km² で人口が1億2728万人(2008年)であるので、面積は日本の約9割、人口は日本の3分の2であると覚えておけばいい。ただし、人口増加率は日本よりずっと高いので、Population Reference Bureau は、2025年から2050年の間に、ベトナムの人口は日本の人口を追い抜くだろうと予測している。(参考 2008 World Population Data Sheet)

つまりベトナムは、中国のように面積も人口も桁違いに大きい国ではなく、面積・人口ともに日本と似たような国である、ということだ。日本人にとっては、国の大きさを直観的に把握しやすい。

ベトナムの行政区画

Wikipediaベトナムの地方行政区画が詳しい。

ごく単純化していうと、ベトナムの行政区画は、大きいものから順に「省(tỉnh)」-「県(huyện)」-「村(xã, 社)」の3段階となっている。つまり省のなかに県が含まれ、県の中に村が含まれる、という形である。ただし、ホーチミン市ハノイなど5つの大都市は、中央直轄特別市に指定されており、省と同格である。日本は、「都道府県」-「市町村」の2段階であるから、日本より一つ段階が多いことになる。

国家機関マトリックス

ベトナムの行政機関については、CLAIR REPORT ベトナムの行政改革が詳しい。2002年に発行されたレポートでやや古いが、おそらく基本的な部分はいまも変わっていないと考えられる。それによると、ベトナムには、3系統の国家機関 - 共産党・代議機関・行政機関が存在する。それを縦糸とし、、中央と3つの地方行政区画で、合計4つのレベル(これを4つの級と表現する)を横糸にして、交差点にそれぞれ対応する具体的な国家機関が存在する。表にあらわせば次のようになる。

共産党 代議機関 行政機関
中央 党中央 国会 政府
省級 省党委員会 省人民評議会 省人民委員会
県級 県党委員会 県人民評議会 県人民委員会
村級 村党委員会 村人民評議会 村人民委員会

3 x 4 = 12 種類の国家機関があることになる。ベトナムには、日本におけるような意味での地方自治はなく、同系統(縦糸)の機関においては、上位機関が下位機関を直接指揮監督する。たとえば、代議機関では、国会は省人民評議会の議決を覆すことができるなど、上位機関は下位機関に強い影響力を持っている。

国会と祖国戦線

かつては3系統の国家機関のうち、かつては、共産党が優越的な地位を持ち、国会は形式的な役割しか果たしていなかったが、最近では国会でも実質的な審議が行われるようになってきたという。国会は「人民の最高の代表機関かつ国権の最高機関とされ、憲法制定権と立法権を有する唯一の機関である。」(CLAIR REPORT) とされている。

国会議員は、形式的には国民の投票による選挙で選ばれることになっているが、実質的な審査は候補者名簿が作られるときに行われる。面白いのは、誰がこの候補者名簿を作るか、ということだ。これは祖国戦線と呼ばれる組織が関与しているという。これは、名前からもわかるように、ベトナム戦争時の大衆組織を母体にしているようだが、いまは「共産党が党員以外の大衆を政治活動に動員するための団体」となっている。「祖国戦線は、共産党が主たる構成員であるが、他に労働総連合、農民連合、婦人連合、ホーチミン共産青年連合といった大衆組織も構成員となっている」という。つまり共産党+各種大衆団体が、国会議員を選んでいることになる。ベトナム社会主義の特徴は、属人性が少ない点にある。つまり少数のカリスマが大衆を引っ張る形ではなく、あくまでも集団指導体制なのだ。そこから推測するに、国会議員候補者名簿の作成に当たっては、祖国戦線内部ではそれなりに活発な議論が行われているのではないか。

蛇足だが、日本は形式的には完全な民主主義体制を備えているとはいえ、多くの場合、国会議員選挙では政党や各種団体に支援を受けた候補者が当選する。国民の多くにとっては、どういうプロセスを経てこれらの候補者が選ばれているのかさえわからない。もちろん、誰でも立候補しうるという制度的保障は、権力の腐敗に対して、強力な牽制になりうるとはいえ、実態として日本の民主主義はベトナムとどれほどの違いがあるのだろうか。

共産党 vs 行政機関

この CLAIR REPORT を読んでも、よくわからなかったのは、共産党と行政機関の関係である。近年では、

共産党: 国家運営の基本的方針を立てる。
行政機関: 法律に基づき行政を執行する。

という風に役割が分担されつつあるというが、それでも違いがはっきりよくわからない。どうやら、この違いは、ベトナム人自身にもよくわからないらしく、各組織の権限や仕事の領域がはっきりしないことが、行政の不効率や汚職の原因になってきた、という。行政改革の実行組織である政府組織人事委員会(GCOP)は「まず、どの省庁のどの部局が、どのような権限を持ち、どの分野の仕事を行うかを法律等ではっきりさせることが重要である」と考えている。いまベトナムの政府で一番重要なことは、法律を整備して、行政における法治主義を徹底することだろう。それが、行政の不効率や汚職の防止に効果的であると考えられる。

まとめ

こうやって小論文を書いてみると、いかに自分が物事を理解していないか、痛感させられる。書きたいことのごく一部しか書くことができなかった。ベトナムの行政機関について理解したければ、CLAIR REPORT ベトナムの行政改革を丁寧に読んで欲しい。このレポートの主眼はベトナム行政改革について述べることである。そのため、惜しむらくは、司法と軍隊に関する言及はない。この2つの国家セクターは、ベトナムへ投資するに当たって、理解が必須であると考えられるので、これから調べて行きたい。