不自然な構造は永続できない

最近ちきりんが熱い。クールな物言いが魅力的だったちきりんが、その抑制をかなぐり捨てて、最近、いまの日本の問題の本質をえぐるようなエントリを連発している。さすがにこのままじゃやばいよ、おちゃらけてる場合じゃないと、とちきりんも思うようになったのか。

関係者全員が古い利権の構造に捕らわれ、逃れられなくなって自壊しつつある、という感じなのだ。既にその構造が「もたなく」なっており「終わっている」ことに気がつきながら、誰もそこから逃れることはできない。当事者達は皆、40年前に高度成長が終わったことを受け入れられないでいる。

昔、ポール・クルーグマンが「永遠に続いてはいけないことのいいところは、それが永遠に続かないことだ」という名言を吐いていた(ような記憶がある。ソース不明)いまの日本の諸制度の疲労は、そろそろ限界に近づきつつあると思う。たしかに日本国内だけを見ていると、こうした構造が永遠に変化しそうもないように見える。でも、それが経済的な効率性と対立するならば、諸外国との競争に敗北するという形で、外から強制的に変化させられることになるだろう。明治維新のように、日本人自ら改革したほうが痛みが少ないはずなのだが。もしそれができなくとも、世界史的な潮流に、日本だけが逆らい続けることはできない。

そろそろ、新しい制度を具体的に提案するべき時期にさしかかっているのかも。古い制度に乗っかっている人たちは、じきにその制度がコントロール不可能な点に到達するので、新しいアイディアを持つ人間たちに泣きついてくることになる。それまで、あと5年か。それとも10年か。