米国の作者が描く現代ソフトウェア産業の断面図 3冊

Twitter の気楽さにあまりに慣れすぎてしまい、ブログエントリをすっかり書くことが少なくなってしまった。それでもブログのようにある程度の長さの文章を書くことは重要だ。最近、私は書評人関係のプログラミングに没頭していて、自然言語で文章を書くことができなくなっていた。

私はいま、Saylor Foundationという無料のオンライン大学で、英作文を学んでいる。

ENGL001: English Composition I « The Saylor Foundation

教材の一部として紹介されている次の文章が感動的だ。

The Art of History: How Writing Leads to Thinking

筆者はこういう。「書くことは難しい作業だ。一般に信じられているように、考えた結果を文章にまとめるのではない。文章を書くことで初めて考えることができるのだ」と。私は大きく頷かざるを得なかった。「とにかく勢いにまかせて、文章を書き続けること。そして、重要なのは、文章を書いた後に、その体裁を整える(編集)することだ」と。

私は、膝を叩いた。「よしそれで行こう!」と。

私は、プログラミングに没頭する一方で、英語の勉強のため、英語の本を多く読んできた。たとえば、次のような本たちだ。

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ I

STEVE JOBS

STEVE JOBS

(Kindle version at Amazon.com)

Apple の共同創立者Steve Jobs は 2011年10月5日に逝去し、その直後に出版された彼の自伝は大きな話題を集めた。米国等の英語圏だけではなく、日本を含む世界中で出版された。出版直後は、Jobs が自ら選んだと言われる本の表紙を日本の出版社が汚したとか汚さないとかで大騒ぎに。私も早速、Kindle で英語の原書を購入して読んでみた(英語が苦にならない人は、Kindle 版が安いし軽いのでおすすめである)。

Jobs の生い立ちから、ヒッピー的な若者時代、Apple 社の設立と発展、Apple 社からの追放、NeXT 社と Pixer 社の設立と発展、Apple への復帰、iPod から始まり、iPhone / iPad の発表で頂点に達する Apple の栄光、病気、そして死へ。Jobs の人生が、公私両面から描かれている。Steve Jobs は、自分の私的生活を暴かれることを極端に嫌っていたのだが(いまの SNS における Public な風潮とは正反対だ)死を意識した Jobs は、この伝記作家にすべてをありのままに描かさせることを選んだ。

この伝記作家はまったくたいしたものだ。普通は取材を重ねるについて、取材対象に対してある種の愛着を感じ、あまり厳しいことは書けなくなるものじゃないだろうか(少なくとも私にはそういう傾向がある)。だが著者アイザックソンの筆致はまことに容赦ない。Jobs が過去の親友や恋人や実の娘にさえ、残酷な仕打ちをしてきたことを、淡々と暴いて行く。まったくひどい奴(asshole)だ、読者たちは思うだろう。長年の Jobs ファンである私でさえ、これはひどいな、と何度も思った。

Jobs は一般の基準からいえば、ありえないほど、礼儀知らずの人間だ。彼にバカ呼ばわりで罵倒され、解雇された人間は枚挙にいとまがない。彼に恨みを持っている人間も多いだろう。それでも、彼が、Apple / NeXT / Pixer を通じて、この世で為した功績はあまりに偉大なものだ。Jobs はある種の同情心に欠ける異常性格者だったのかもしれないが、その人間的欠点は彼の天才の一部であったと思う。

Jobs は織田信長に似ている。両者の共通点は、既得権益を打破したことだ。既存の古い秩序を破壊するには、ときに信じられないほど残忍な行為を行う必要があるのだろう。織田信長比叡山を焼き払った。Jobs は、Apple で少しでも無能な従業員を見つけると、情け容赦なくクビにした。彼らは世界を漸進的に改革しようとしたのではなく、古い世界を破壊してまったく新しい世界を作り出そうとした。まさに革命である。そして革命は、人並みの思いやりと優柔不断さを持つ人間には遂行できないのである。

正直な話、Jobs の伝記を読んでも彼の生き方はとても真似できない(おすすめもしない)。Jobs はあまりに天才でユニークすぎるのだ。まるで華やかな大作映画を見た後のような読後感がある。この世にイノベーションをもたらそうという種類の人間(私もそういう人間の一人だ)には、ある種の戦慄とともに、さまざまなインスピレーションが得られるだろう。

残り2冊を簡単に紹介しておく。

Start Small, Stay Small: A Developer's Guide to Launching a Startup

Start Small, Stay Small: A Developer's Guide to Launching a Startup

(Kindle version at Amazon.com)

99%のソフトウェア開発者にとって、現実のビジネスで役に立ちそうなのは、Jobs の伝記よりこの本のほうかもしれない。著者の Rob Walling は個人的起業(micropreneurship) という概念を提唱する。ベンチャーキャピタルの支援を受けて短期間に急速に会社を大きくする博打をうつのではなく、自分一人、またはせいぜい二人くらいの少人数で始めて、外部資本に頼らずに、少しずつ自分のソフトウェア製品を育てて行こうとすることだ。リスクを抑えて現実的な成功確率を得ようという至って地に足の着いた考え方だ。現在は、GoogleAdwordsTwitter / Facebook 等でのソーシャルマーケティングによって、個人や零細企業でも、安価かつ効果的なマーケティングが可能な環境が整いつつある。そういう時代に、ニッチな市場を見つけて、その顧客に向けていかに自分の製品を売り込んで行くべきか、著者の実体験に基づいて、非常に具体的に書かれている。


Public Parts: How Sharing in the Digital Age Improves the Way We Work and Live

Public Parts: How Sharing in the Digital Age Improves the Way We Work and Live

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ

情報の本質は、無限に複製することができ、複製それ自体の費用がゼロということだ。情報が、紙やビニールレコードの上に印刷されたり刻み込まれていた過去においては、その性質があまりはっきり顕われていなかった。デジタル機器とインターネットが、情報の無限複製可能性という本質をあからさまにした。

紙に情報が印字されていた時代は、情報を拡散するのに多大な労力を必要とした。そのため放っておけば情報は一カ所に滞留し、大勢の人々に知られることはなかった。つまりデフォルトで情報はプライベートだった。そしてこの技術的性質に基づいて社会が構築された。

だが情報を保持する媒体が、紙からデジタル機器に移行するにつれて、厄介な問題が起きてきた。デジタル情報は、複製にコストがかからないので、またたくまにインターネットを通じて拡散していくのである。技術的には情報はデフォルトでパブリックになった。インターネット上の技術の多くは、放っておけば限りなく拡散していく情報に、人工的な仕切りを加えて拡散に制限を加えることを目的としている。セキュリティ技術が代表例である。

だが発想を転換して次のように考えることもできる。私たちは、いつまでも技術的にはプライベートがデフォルトだった時代の社会構造を維持すべきなのだろうか?いまや技術的にはパブリックがデフォルトなのだから、その便益を最大にすべく、むしろ社会の方を変革すべきではないか。こう問うているのが、Jeff Jarvis の Public Parts (邦題「パブリック」)である。

著者自身が人気ブロガーでもあり、パブリック時代の生き方を自ら実践しているので、その言葉には説得力がある。同時に新旧のさまざまな文献を縦横に引用しつつ、プライバシーとはなにか、パブリックネスとはなにかについて迫って行く。刺激的な書。私の考え方、生き方と近いので大変共感できた。インターネットビジネス、とくにソーシャルメディア関係者には必読の一冊。

…とさくっと紹介してみた。後ほど時間があれば、詳しく各書籍について、書評を書く。英語で本を読むとどうしても時間がかかり書評を書くための勢いが失われてしまう。だが、英語圏の本には、独創的な実験精神を持ったものが多い。日本語並みに速く英語が読めるように努力して行く。そして、日本語と英語の両方で書評を書くのが目標だ。