女川町の震災の惨状と原発
東日本大震災の津波に伴う大きな被害について、宮城県の東松島市・石巻市・女川町の現状を視察してきた。
私のある友人が東松島市に実家があり、そこにいまも住む友人のお父さんに車で案内して頂いた。友人の実家は、海から4kmも内陸にあるのに津波のため1mほどの水に浸かり、ヘドロが床に溜まってしまい、かき出すのが大変だったようだ。1階においてあったエアコンの外置機や石油ストーブ、その他電気機械は水のため全部壊れてしまったとのこと。
これだけでも大きな被害なのだが、車で海に近づくにつれて、次第に信じがたい光景が眼下に広がるようになった。テレビではもう何度も見たはずの津波被害の光景なのだが、実際に見ると何かが違う。それはもちろん、テレビが平面であるのに対して実物は奥行きのある立体だっただけではない。乾いたヘドロから細菌を含む砂塵が巻き上がるからマスクを着けなければならないとか、そこらじゅうに自衛隊の装甲車が走り回って自衛隊員が交通整理をしているとか、そういう風景が、日常とあまりにかけ離れていて、現実感がわきにくかったからかもしれなかった。
石巻の被害はひどかったが、女川の破壊ぶりはそれをさらに越えていた。町の中心部はほぼ完全に破壊され尽くしている。震災から2ヶ月たったにもかかわらず、いまだに3階建ての建物の上に車が乗っかったまま放置されている。原爆でも落ちない限りあんな風景にはならないのではないだろうか。瓦礫の撤去は、海から遠いところから少しずつ始まっているようだが、広大な風景のなかで重機をわずか2・3台しか見かけなかった。今回の震災では破壊があまりに広範囲に渡っているので、人出が絶対的に不足しているのだろう。そのためいまだに被害にあった多くの場所が手つかずに放置されていた。
女川町は人口1万人。高齢化が進んでいる。町の中心部にはかつて魚市場を中心とする観光施設がいくつかあった。これを中心に町おこしをするつもりだったのだろう。だがこの圧倒的な瓦礫を目の当たりにすると「これからいったいどうしたらいいのだろうか?」という呆然とした気持ちがわきおこってくる。
都会で働いていたのだが震災後、故郷の女川町にもどってきて、復興の青写真を描こうとする60歳くらいの男性と話す機会を持った。彼は企画に才能があり、町の指導者層を巻き込んで、復興へむけて必死の努力を重ねている。二千世帯の人々が家を失った。住宅ローンが残っている人も多い。新たに家を持とうとすればさらにローンを重ねなければならない。この多重債務者たちに公的な資金援助を行うのが喫緊の課題だという。
女川町には特殊事情がある。ここには東北電力女川原子力発電所が立地しているのだ。町は、そこから多額の立地交付金や固定資産税等を引き出してきた。2009年度には女川町の地方税等の一般財源44億円の中で、固定資産税は36億円(81%)を占めており、その相当部分が原発由来のものとおもわれる。女川町は「面白い町だった」と友人父は言う。さまざまなユニークな町おこしの試みが成功してきて、若い人たちに元気があったという。だがその背景にこの原発からの豊富な資金があったことは想像に難くない。
浜岡原発の停止が決まった。菅直人首相がエネルギー政策の見直しを発表した。原発に対してはいまだかつてない逆風が吹いている。女川町はこれから膨大な復興資金が必要で、以前と同じように、独自の町作りをするためには、原発からの収入は不可欠である。住宅を失った人への公的資金援助のためにも原発マネーは欠かせないだろう。
私はいままで原発や原発立地自治体を厳しく批判してきたが、実際に現地を訪れて実情を見てしまうと、なんとも複雑な気持ちを抱かざるをえない。現実問題、いったいどうすればいいのか?原発のカネに頼ることはよいことなのか?もし悪いことだとするなら、いったいどこで道を踏み外してしまったのか。そしてどのように軌道を修正していったらいいのか。私にとって大きな宿題となった。
その後、私は牡鹿半島の複雑な海岸線をたどりつつ女川原発へ向かった。途中の浦という浦がすべて津波によって完全に破壊されている。女川原発は、急峻な山を背景にして海に向かって立っていた。従って陸からは良く見えない。木陰から二本の煙突と原子炉建屋(タービン建屋?)らしきものの屋上が確認できた。山の中腹にある女川原発 PR 館は休館中だった。PR 館への途中の道にはときおり原発反対派の看板を見かけた。原発で経済的恩恵を受ける女川町にもやはり反対派はいるのだ。
いろんなことを考えていくうちにただただ胸がつまり、涙が出そうになった。いったい私たちはいまどこにいて、これからどこへ向かおうとしているのだろうか。
(今回訪れた女川・石巻・東松島の被災地の写真を掲載します。かなり衝撃的な写真が多いので注意してください。あらためてお亡くなりになられた方々の冥福をお祈りし、怪我をされた方々、財産を失われた方々には心よりお見舞い申し上げます。 http://ow.ly/4RXg1)