カナダ人老婆

老婆という形容がぴったりの白人の老人が客として、私のホテルに宿泊していた。彼女は、トイレを "washroom" と呼ぶので、もしやと思ってたずねると果たしてカナダ人であった。
アルバータ州カルゴリー出身。この老婆、ホテルの受付の人々が、理解しようがしまいが関係なく、英語でまくし立てるのである。その英語たるや、子供に諭して聞かせるような調子である。受付は渋い顔をしている。老婆よ、自分だってベトナム語がしゃべれるわけじゃないんだから、もうちょっと歩み寄ろうよ。紙に書いて説明するとかさ。「世界中の人間は英語を話して当然である」と断言してはばからない傲慢な英語のネイティブスピーカーの姿そのものであったが、私は老婆を憎みきれない。老婆の場合、そういう思想的な背景というより、単に年老いて環境への順応性が完全に失われた結果と考えたほうがよさそうだった。日本で、耳の遠いおばあさんと堂々巡りの会話をしているようで、不思議なおかしみが沸いてきた。まあ、ホテルの従業員には気の毒だったが。