ホテルの前で飲むビール

昨晩、夜十時半ころホテルに戻ると、ホテルの前で、若い従業員の一人が私にやたらにベトナム語で話しかけてくる。よく聞くと、ビールの名前を連呼している。どうやら、一緒にビールを飲もうということらしい。

このホテルは、サイゴン中心部の1区でもやや奥まった場所にある。ホテルが1軒あるだけで、周りは住宅街と、その地元住民向けの雑貨屋や食堂があるだけだ。ホテルは、雑用係の若い男を5人ほど雇っていて、彼らは、いつもひまそうにホテルの入り口にたむろしている。日本の常識だと信じられないかもしれないが、ホテルの入り口が彼らの遊び場になっているのだ。

今日は、何かの記念日らしく、彼らはビールを大量に買い込んで、バケツの中の氷水に放り込んでいた。そこから1本を私に渡して、飲めというしぐさをする。

私はしばらく、夜空の星を見ながら、彼らとビールを飲んだ。片言のベトナム語で冗談を言い合いながら。

この雑用係たちの給料は月にせいぜい5000円くらいだろう。物価の高いサイゴンでは楽に暮らせる給料ではない。私は、一泊1500円の部屋に泊まっている。彼らもそれを知っている。しかし、そんなことに気にするそぶりも見せず、私に笑顔でビールを振舞ってくれる。

ベトナムに来るといろんなことを考えさせられる。貧しい人たちほど、気前がよいという矛盾。ベトナム人の金持ちを観察する機会があるが、彼らは金にうるさくて、人情味が乏しい気がする。

日本のことも考えてみた。地方のことはわからないが、東京ではこんな人情味に溢れた風景に出くわすことはほとんどない。昔の東京ではあったのかもしれない。しかし、経済成長が人々の間の自然な絆を破壊してしまったように思える。

ベトナムが経済成長を遂げたあとも、こういう人情味は失われて欲しくないな、と思った。しかし、それは難しいことなのかもしれない。