会社制社会主義の終わり

池田信夫blog - 大失業 減給危機のコメント欄より。

「市民としての自立」というのは丸山眞男以来のテーマですが、一時は「西欧文明を理想化する幻想だ」と批判されました。しかし最近の状況をみていると、よくも悪くも近代西欧的な市民社会以外に「大きな社会」を維持してゆくシステムはないような気もします。社会主義の失敗は、西洋市民社会以外の道がないことを劇的に示しましたが、日本などの「東アジアの奇蹟」の挫折も、結局は同じことを散文的に示しているのかもしれない。

このコメントにおいて、池田さんは、日本で、農業社会から工業社会への転換がスムーズに進んだのは、会社の中に村落共同体を再構築することに成功したからだ、と述べている。(この問題意識は、私のエントリ「日本がアジアで最初に近代化に成功した理由」ととほぼ同じである)日本の会社はかつての村落共同体のように結束力が強く、多くの部品を組み合わせる「すりあわせ」能力の高さから一時期は、日本の工業製品が世界を席捲した。しかし、狙ってできたことではなくて、日本の会社の強みが、たまたま当時の市場で必要とされていた、という僥倖によるものであった、と。

しかし、時代が変わり、水平分業とモジュール化した生産体制のほうが効率が高くなっていった。(例:パソコンの生産方式) こうなると、日本企業はかつてのような力を発揮できない。むしろ、個人や小企業が、独立して新しいアイディアを市場に提示して、イノベーションを加速するような経済体制が要請されるようになった。ところが、池田さんの言うとおり、日本はかつての「すりあわせ」型生産体制の成功体験が忘れられず、国民意識や社会制度のすべてが旧式で新しい時代に適応できていない。

面白いな、と思ったのは、日本の村落共同体的な会社主義というのは、旧ソ連のような社会主義と同じじゃないの、という指摘だ。日本の会社というのは、まじめに働いても働かなくても待遇にたいして差がつかなかったし、いろんな意味で社会主義的だったのは確かだ。それが、旧社会主義諸国の崩壊時期(1990年前後)とほぼ同時期(バブル崩壊 1990-92年)に凋落を始めたのは、実は偶然ではなかったのかもしれない。

どうすればいいのか、といえば、やはり池田さんの言うとおり、日本人の働き方を会社中心ではなく、自分のキャリア中心に変換していくしかないだろう。企業は、「同じ釜の飯を食っている」という仲間意識だけに頼ることのないマネジメント技術を学ぶ必要があるだろうし、従業員たちも時代の変化に対応して、一生学び変化し続けていく覚悟が必要だろう。国もこうした方向で、さまざまな制度(失業手当・年金・社会保険等)を改革する必要がある。

今すぐには変わらないだろうが、いずれこういう方向に変化させざるを得ない時が来る。多くの人たちが理解するまでには時間がかかるだろう。私は、このブログで時折同じことを繰り返して述べるつもりだ。とても大切なことだから。