市場の失敗

最近は、「市場原理主義」とか言って市場重視の政策を馬鹿にするのが流行らしいが、経済学者に限っていえば、ずっと昔から、市場が完全無欠だなんて考えていなかった。市場はうまくいくときにはとても素敵なのだが、うまくいかない場合も実に多いことに気づいていた。これらの例を「市場の失敗」という。

市場の失敗の例

市場の失敗 - Wikipediaがよくまとまっている。

ある前提の下では、需要と供給の均衡によりパレート最適な配分を実現し、安定した経済を形成すると考えられている市場メカニズムは、多くの経済学者から支持を得ている方法である。しかし前提が満たされないとき、市場メカニズムは経済的な非効率をもたらす場合がある。失敗の例は以下のとおり。


*環境破壊
*公害
*品質の低下
逆選択の発生

で、何が市場の失敗をもたらすかというと、

市場の失敗が起こる原因の代表的なものとして、次のようなものが挙げられる。


*不完全競争による独占・寡占の存在や自然独占の傾向
*外部性の存在(正の外部性による過少供給、負の外部性による過大供給)
*公共財の存在(フリーライダーによる過少供給)
*情報の非対称性の存在
*不完備市場
*不確実性(リスク回避的な供給者による過少供給)
*費用逓減産業の存在。巨大な固定費のかかる産業(電力産業が典型)では供給曲線が右下がりとなる。日本では電力産業に事実上の地域独占が認められており、そのかわり、電力価格は国会で決められる公共料金となっている。(生産規模の拡大でコストが低下する場合の独占や寡占)


市場の失敗が起こる場合には、政府が何らかの方法で市場に介入するか、あるいは政府が直接的に財の供給者となる必要があると考えられている。事実、多くの国では市場の失敗を是正するための政策がさまざまな形で行われている。

ということだ。外部性の話は、公害問題につながるし、公共財の話は、「公園は誰が作ったらいいの?」という問題。

この中でも現代社会で最も深刻じゃないかと個人的に思っているのは、「情報の非対称性」の話だ。

情報の非対称性がもたらすもの

情報の非対称性がもたらす弊害には2種類があって、「逆選択」と「モラル・ハザード」がある。

逆選択というのは、中古車市場において、「売り手は車の品質を知っているが、買い手は品質をしらない」という状況だと、よい車に高い値段が付かず、よい車を持った人が車を供給せずに、品質の悪い車だけ市場に流通してしまうような例ををいう。

モラルハザードは、例えば自動車保険に入った人が、「ま、ぶつけても保険があるからいいや」と運転が不注意になってしまうような例である。この結果、保険があるがゆえに、事故が増えてしまうということがありうる。

モラルハザードは、それなりに重要だと思うのだけれども、市場自体が崩壊してしまう逆選択のほうが、もっと害が大きい気がする。

逆選択の例

逆選択は、取引において、売り手が買い手より圧倒的に多くの情報を持っているような市場で起こる。買い手が、商品の品質を簡単に判断できるような市場では、あまり逆選択はおこらない。たとえば、レストランでは、味という品質に関してはわれわれは容易に判断を下せる。だから、おいしい料理を提供するレストランは栄え、まずい料理しか提供できないレストランは淘汰される。*1

逆選択は、専門的なサービスの取引が行われるほぼ全ての市場で起こりうる。たとえば、医療。患者にとって医者が提供する医療サービスの品質を判断するのは至難の業である。あるいは、法律関係。クライアントにとって、弁護士がどれくらいの専門知識や案件処理能力があるかは、事前に判断するのは非常に難しい。建設業しかり。従って、こうした専門的な職業は極めて厳しく政府によって規制されているのが普通だ。そうしないと、買い手が売り手を信用できず、その結果取引自体が成立しなくなってしまうからだ。

われらが、IT 業界におけるサービスの取引においても、まさに逆選択が起こりうる。というか、現実に起こりまくってるよね。買い手にソフトウェアエンジニアの作業品質が判断できないために、互いに100倍生産性の違う2人のプログラマが同じ値段で雇われていたりして。その結果、優秀な人ほど、この業界に対して怨嗟の声を上げることが多い。結局、まともな人ほど頭に来てこの業界を去ってしまったり、優秀な学生さんに敬遠されたりすることになる。

逆選択を防ぐ方策

情報の不完全性ゆえに逆選択が起こらないようにするためにはどうしたらいいのだろうか。この点、経済学はいくつかの答えを用意している。それを使って、我々の腐りきった IT 業界を改善するためにはどうしたらいいだろうか。この点は次回に書くことにする。

*1:ところが、安全性という品質においては、われわれはほとんど判断できない。それゆえ安全性の低い食品を使うレストランがはびこる可能性は十分ある・・・政府の介入がない限り。だから、国は衛生基準を設けて、レストランの営業を許可制にしているのだね