本格化する頭脳流出

日本はひとつのターニングポイントをむかえているのかもしれない。

行政刷新担当相曰く「日本の研究者がアメリカに逃げたところで、アメリカで採用されるわけがない」:現政権は研究者が容易に国外逃亡しうるという事実を理解していない(追記2件あり)

とそれに対するはてなブックマークの反応。

はてなブックマーク - 行政刷新担当相曰く・・・

反応しているのは、多くが理系の研究者であろうが、日本政府の学術予算の削減に伴い、かなり真剣に「日本での研究をあきらめ、海外で研究する」ことを検討し始めているのがわかる。それにしても感じるのは、政府首脳の「国際感覚」の乏しさである。皮膚感覚で日本を取り巻く環境の激変を感じ取れていない。たしかに「『現実が変わった』ことを受け入れられない日本」ですな。

いろんな議論があるけれど、結局、人間は金銭に強く動機づけられているのだ。最近まで「味噌汁が飲めない国など移住したくない」とかごねている人がいたが、国力の低下に伴い、1ドル=300円の時代がふたたびやってきて、アメリカやシンガポールへ行けば、簡単に月給150万円くらい稼げるようになれば、みんな真剣に海外移住を試みるようになるだろう。なんだかんだといって、人間なんてそんなものだ。いいか悪いかは別にしてね。

日本がバブル景気に沸き立っていた1990年前後、私は、東京の大学生だった。バブルのころ日本がどれほどの繁栄を極めたか、実際に体験している。いまの個人的なプロジェクトは、そういう時代を忘れることだ。あれは、夢だ、幻だ。日本人だというだけで、月50万円とか稼げる時代はもう終わった。これから何をしても、私はそれほど稼ぐことはできないだろう。私のベトナム人の友人たちは、優秀だが、みな月給2万円・3万円というレベルで仕事をしている。正直、私のほうが生産性が高いにしてもせいぜいその3倍。客観的に自分に値札をつけるとすれば、10万円がいいところだろう。10万円が私の適正価格だ。ものさしを差し替えろ。新興国の人々の視点に立て。そうすれば、また一から、新鮮な気持ちで物事を始めることができるかもしれない。既得権益にしがみつく立場ではなく、それを打ち壊す攻めの立場に立てるかもしれない。

一つの時代が終わった。しかし終わりの次には必ず始まりが来る。Time goes on - そうやって時は永遠にながれていくのだ。

(追記)

同じようなことをいろんなひとがぶつぶつ言うので、ここで一言言っておく。このエントリのはてブより。

id:cepheid 新興国は物価が安いからあの賃金で成り立っているのであって、先進国労働者と入れ替え可能な、工場等での単純労働作業をしてるのでなければ比較しても無意味。工場の作業で3倍の成果を出せるならすごすぎる。

「日本は物価が高いのだから、給料が高くても当たり前だ」という人があまりに多すぎる。それは、モノ(サービス)を売る立場の身勝手な願望にすぎないということに気づいてほしい。買い手というのは、売り手のコスト構造なんかこれっぽっちも考慮しないのだ。日本製と中国製の同じような品質の製品が2つあって、日本製のほうが3倍高かったとしよう。あなたは「日本は物価が高いので、きっとコストが高いにちがいない。だからこんなに価格が高いんだな。かわいそうだから日本製を買ってやろう」などと思うのか。もしそういう人ばかりなら、100円ショップなんて成立していないはずだが。

ポイントは、あなたの働きぶりが世界のどこかの人間と比較されているということ。そして、「いかに高コストの中でがんばったか」という努力の量ではなく、「どれだけの品質のものをいくらで売ったか」という結果だけで判断されるということだ。

べつに私だってこういう現実が愉快なわけじゃない。しかし現実は現実だ。受け止めるしかないだろう。