顧客原理主義が日本を破壊する

たとえばこんなエントリ。

脱近代宣言

このエントリを書いた人は、大学を卒業してせっかく就職した会社を半年もしないうちに辞めた。理由は、パワハラ、残業代が出ない、休みがない等々。どれも辞めるに立派な理由になりうる、と私は思う。

私が、「日本はダメだ!もっと気合を入れよう!」というエントリを書くたびに、「日本がこれ以上成長する必要ないだろww」みたいなコメントがつくのを不思議に思っていたのだが、最近になってその理由がわかった気がする。

みんな疲れているんだ。

長い通勤時間。連日の残業。理不尽な顧客の要求。サービス残業。休日出勤に徹夜。働いて働いて、それでも給料は上がらない。昇進もしない。日本経済の衰退を告げる連日の暗いニュース。辞めたい。でも辞められない。辞めたらもう二度と就職できないかもしれないから。世間の人たちに後ろ指を指されるから。親が悲しむ。妻が泣く。住宅ローンをどうしたらいいんだ?子供の教育費は?

私は、16年ほどまえに大学を卒業してから、実は3分の2くらいの期間しか働いていない。数年働くと、仕事をやめて勉強したり遊んだり。そしてまた働き始めるということの繰り返しだ。基本的に好きなときに働き、好きなときに遊んでいる。いろんな国に住み、いろんなところに旅行に出かけた。欧米社会にはこんな人間は珍しくないが、日本人にしてはかなり自由人の部類だろう。

学校を卒業してから、ブランクを恐れてひたすら自分にムチを打って働き続けている人たちとは、そうとう違う人生なんだろう、と想像する。そういう人たちの中には、人生に疲れきってしまっている人たちがいるのではないか。人間、疲れきってしまうとつい愚痴っぽくなるし、周囲の人たちにも批判的になるものだ。日本に 2ch のような巨大な匿名掲示板が発達し、ありとあらゆる罵詈雑言が渦巻いているのは、対応する巨大なストレスと疲労の存在を暗示している。

やれリフレだ、財政出動だ、いやいや構造改革だ、高付加価値サービス業への転換だ、等々、日本経済の進むべき方向について、議論が絶えない。しかしながら、いま日本人に一番必要なものは、しばしの休息なのではないだろうか?仕事を休んで、自分が長らくずっとやりたかったことをやってみる。あるいは一週間くらいずっと家で寝ている。海外へ1ヶ月くらい放浪の旅に出かける。等々。昇給でも高価な買い物でもなんでもなく、自分自身に心の栄養を与えるしばしの時間こそが必要なのではないか?

そう考えると、いまの日本の諸悪の根源は、デフレでも生産性の停滞でもなく、労働者をムダに消耗させる「顧客原理主義」かもしれない。過剰接客とも言おうか。日本人全員が顧客のわがままに振り回されすぎている。その顧客の多くは、同じ日本人なのだから、やや滑稽なのだけど。同じ人物が、働いているときは奴隷のようにペコペコ頭をさげ、客になるときには傲慢な主人のように振舞う。もうこんな喜劇のようなことはやめにしないか?

一人一人がもっと自分の気持ちに素直に振舞うことだ。うれしくもないときには笑わないこと。うれしくもないのに笑うのは、精神衛生上、まことによろしくない。客が来ても、うれしくなければブスッとしていればよろしい。好きな客がくれば笑えばいいし、いやな客は追い出してしまえばいい。売上げなんか落ちてもそのほうがずっと幸せになれるはずだ。

過剰接客禁止法、という法律を政府が作ったらどうだろうか。その法律は、雇用主による従業員への表情の強制を禁止する。「客が来たら笑え」という命令を禁じるのだ。働いているときには、別の人格になりきるのではなくて、普段の自分と連続的に振舞うことを許されるだけで、確実にストレスは減る。

みんなもっと自分の気持ちに素直になろうよ。嫌だと思うなら嫌だと言おう。嫌な仕事はやめてしまおう。そうやって、本物の笑顔を取り戻せば、もっと幸せな日々が待っているよ。