ベンチャーキャピタリストの実務

決定版 ベンチャーキャピタリストの実務

決定版 ベンチャーキャピタリストの実務

著者の長谷川博和氏は、大学在学中に公認会計士2次試験に合格し、野村総研証券アナリストを勤める。その後、野村グループベンチャーキャピタルであるジャフコに移り、1996年に独立して、グローバルベンチャーキャピタルを設立する。

この新しく設立したVC(ベンチャーキャピタル)で十分な成功を収めるのだが、面白いことに、長谷川氏は、欧米と日本の VC を再比較することを目指して、早稲田大学の大学院で理論を勉強しなおしたのである。

この本は、そのときに書かれた博士論文が下敷きになっているようである。著者いわく、対象読者は、経験5年程度の中堅ベンチャーキャピタリストたちである。

ファイナンスの専門的な議論がこの本の随所で現れて、アカデミックな彩りを添えているのだが、あまり面白くない。この本の真骨頂は、彼の長年のベンチャーキャピタリストとしての経験が伺えるいくつかの記述である。

どうやら日本の VC 業界の最大の問題点は、「ベンチャーキャピタリスト」という個人がベンチャー企業(特にその経営者)の本質を見抜いて、リスクを取って投資する、という形になっていない点にあるようだ。VC の多くが、銀行・証券・事業会社等大企業の子会社として設立されており、独立系のベンチャーキャピタルは少ない。シリコンバレーのように、成功したベンチャー企業経営者が自ら VC を設立する例は、ほとんどない。

この本では2005年の日本の各 VC の内部収益率(IRR)のヒストグラム掲示されている。それによると、驚くべきことに最頻値は -5% から 0% だというのである。2005年はたまたま状態の良くない年だったのかもしれないが、著者によると、日本の VC の収益率は欧米のそれにくらべて大きく見劣りするという。親会社の庇護の下、日本の VC はぬくぬくとやっているということなのか。

ケーススタディには 、ディー・エヌ・エーサイボウズといったおなじみのネット系ベンチャー企業が登場する。個性的なベンチャーキャピタリストが関わって成功した企業たちだ。著者は、こうしたキャピタリストたちにインタビューを行い、その結果をまとめているのだが、学問的な枠組みに押し込もうとしたのか、やや上品すぎて面白くない。実際にはもっとドロドロした人間ドラマがあるのだろうけど、それはさすがに公開できないのかもしれない。それでも、多くのベンチャー企業の経営者やキャピタリストたちは、事業を始める前からの長い付き合いであることが多く、信頼の紐帯でつながれていることが理解できる。

ベンチャー企業は、その名のとおり、未知の海への航海である。ファイナンスの理論は、羅針盤としての役割は果たすかもしれないが、もっとも基本になるのは、ともに航海するチームメンバー間の信頼関係ではないだろうか。日本で新興企業が起こりづらいのは、日本のビジネスマンたちが、自分の会社の枠を超えて、様々な専門分野を持つ人々と、個人の資格で信頼関係を築きにくい点にあるのではないだろうか。ここでも、人材流動性の低さがもたらす弊害を感じる。