原子炉に残っているヨウ素131の量を推定する

チェルノブイリ原発事故の被災者に対する追跡調査によれば、近隣住民に対して健康被害をもたらしたと断言できる放射性降下物はヨウ素131だけだったという。放射性降下物には、半減期 30 年の放射性セシウム137 など他にも気になるものもあるものの、ヨウ素 131 対策が当面最重要になると思われる。

そこで、公表されている原子炉の出力からウラン235の消費速度を計算し、福島第一原発の原子炉に残留するヨウ素131を推定した。

免責事項

私は、原子力工学の専門家ではありません。この文章は最大限の注意を払って作成しましたが、誤りがあるかもしれません。専門家の方で間違いを発見されたらぜひご指摘ください。この情報を利用した結果、読者に何らかの損害が生じたとしても、私は責任を負いません。

注意

有効数字は2桁とする。
ne+m は「n 掛ける 10の m 乗」を意味する。(例 6.0e+23 = 「6.0 掛ける 10 の 23 乗」)

1日あたりのウラン235消費量

3月11日の東北大地震発生時、福島第一原発では1号機・2号機・3号機の3つの原子炉が稼働していた。1号機の出力は 46万 KW, 2号機と3号機の出力はそれぞれ 78万 KW である。ここではまず2号機の原子炉について考えよう。

2号機の出力は 78万 KW だが、熱効率が原子力発電は 30% 程度なので、実際には 78.4 / 0.3 = 260 万 KW の熱が原子炉では生成されている。260万 KW = 2.6e+09 W.

原子炉の主燃料はウラン 235 であるが、実際にはウラン 238 が中性子を吸収してプルトニウム 239 になり、これが核分裂する、という経路の核分裂反応もある。このプルトニウム経由の発熱は、全体の30%にものぼるという。ただし単純化のため、この反応を考えずウラン 235 のみが核分裂すると仮定する。

1 mol のウラン235の核分裂で発生するエネルギーは、1.8e+13 (J)。2号機の熱出力が 2.6e+09 W で、W = J/sec だから、1秒間に核分裂するウラン 235 は、

2.6e+09 (J/sec) / 1.8e+13 (J/mol) = 1.4e-04 (mol/sec)。

1秒だとイメージが湧かないので1日当たりに換算すると

1.4e-04 (mol/sec) * 24 * 60 * 60 = 12(mol/day)

質量は、ウラン 235 の質量数である約235を乗じて、

12(mol/day) * 235(g/mol) = 2.8e+03 (g)

となる。つまりウランは出力 78 万 KW の2号機では、1日2.8 Kg ずつ核分裂してほぼ同質量の核分裂生成物を作っていたことになる。

1日あたりのヨウ素131生成量

ウラン235核分裂生成物の質量数は、95と140付近の2つの山をもつ確率分布に従う。これを核分裂収率曲線という。ヨウ素131の核分裂収率は3.1%。これが質量ベースの数字だと仮定すると、1日当たりウラン235 は 2.8 Kg づつ消費されることから、

2.8 (Kg) * 0.031 = 8.7e-02 (Kg)

ヨウ素131 が生成される。すなわち87グラムである。

平衡状態で原子炉に存在するヨウ素131の量

核分裂反応が連続しておこるとき、それに伴ってヨウ素131は生成され続けると同時に、ヨウ素131は半減期 8.1 日で急速に減って行く。やがて生成量と崩壊量は一致して、平衡状態になる。毎日生成される量を N0(Kg), 崩壊定数 を λ(1/day), 時間の経過を t (day) とすれば、ヨウ素131の平衡存在量 Ne は、

N_e = \int^{\infty}_{0}N_0e^{-{\lambda}t}\:dt = \frac{N_0}{\lambda}

λ = 0.7 / T = 0.7 / 8.1 = 8.6e-02 (1/day) なので、N0 = 8.7e-02 (Kg) として、

Ne = 8.7e-02 / 8.6e-02 = 1.0 (Kg)

というわけで、3月11日に2号機の原子炉で核分裂反応が停止した瞬間、ヨウ素131は 1.0 Kg 存在したはずである。

1-3号機に現存するヨウ素 131

正直この1.0 Kg という数字に大きな意味はない。概算にすぎないからだ。重要なのはだいたいこれくらいのオーダーのヨウ素131があったはずということだ。それが 2.0Kg なのか 0.5 Kg なのかはあまり問題ではない。オーダーの違う 0.01 Kg でも 100 Kg でもないだろう、という点が大切なのだ。

地震発生時に稼働していたのは1号機・2号機・3号機の3つの原子炉なので、単純に3倍してしまおう。すなわち、福島第一原発地震が発生したときに存在していたヨウ素131は3.0Kg。ヨウ素131は半減期が8日なので、原子炉から取り出されて久しい使用済み燃料棒の中にはほとんど残っていないと考えられる。ヨウ素131に関しては原子炉の中にあるものが存在するすべてであるといっていい。今日は3月26日。原子炉が止まったときから起算してちょうど半減期が2回過ぎた。つまり現在のヨウ素131は当時の 1/4 になっている。外部に漏洩した分を無視すると、3.0 * (1/4) = 0.75 Kg = 750 g のヨウ素131がまだ原子炉に残っていると考えられる。

750グラムのヨウ素 131 は何ベクレルか?

放射性物質のベクレルと質量の関係から、

750 (g) * 4.6e+15 (Bq/g) = 3.5e+18 (Bq)

つまり 350万テラベクレルになる。チェルノブイリで放出されたヨウ素131は約180万テラベクレルだった。この瞬間、これら3つの原子炉が大爆発して粉々に吹き飛び、すべてのヨウ素131が環境に放出されれば、チェルノブイリの約2倍の放射能汚染が起きるという試算である。2倍か1/2かはあまり問題ではない。放射能の世界は対数的だから。ほぼチェルノブイリと肩を並べる汚染だと思っておけばいいだろう。…まあ、いまさらそんなことは起きないだろうけど、これが本当の最悪の最悪である。