空間線量率から土壌の放射能汚染度を推定する

収束まで長期戦が確実となった福島第一原発事故原子力災害で放出される核分裂生成物のうち、環境への影響が大きいのはヨウ素131(I-131)とセシウム137(Cs-137)である。幸いヨウ素131の半減期は8日であり、事故後22日経過した現在は、約1/8に減少している。今後も急速に減少し続けて、あと数ヶ月で全く問題のないレベルになるだろう。

ところがセシウム137は半減期が30年であり、向こう数年では量がほとんど変わらない。原発からの放射能漏れは現在も続いており、粉雪のように福島の大地にセシウム137が降り注いでいる。セシウム137が地表に大量に堆積すると、そこから受ける放射線レベルもかなり高くなる。また、より問題なのは、放射性セシウムカリウムと科学的性質が似ているので、土壌から植物に取り込まれ、食物連鎖を通じてそこに住むすべての生物(人間を含む)を内部被曝の危険に晒すことである。事故の長期的影響を予測する上では、原発の周辺の土壌のセシウム137汚染度を推定することが重要になってくる。

現在、原発から半径20Km圏に政府は避難指示を出しており、自由に人が立ち入りできる状態ではない。おそらく政府は20Kmの土壌汚染の調査もはじめていると推測されるが、情報の開示がない。ただ、かろうじて原発周辺や20Km圏のすぐ外側の空間線量率はいくつかの地点で発表されている。本稿では、この空間線量率から土壌の放射能汚染度を推定することを試みた。

免責事項

私は、放射線物理学の専門家ではありません。この文章は最大限の注意を払って作成しましたが、誤りがあるかもしれません。専門家の方で間違いを発見されたらぜひご指摘ください。この情報を利用した結果、読者に何らかの損害が生じたとしても、私は責任を負いません。

空間線量率と空間放射能濃度と地表汚染速度

本稿は、今中哲二氏のこの論文に基づいている。

SEO原発事故災害評価プログラムにおける放射能の拡散・沈着、被曝線量、リスクモデル

今中哲二氏は、京大原子炉実験所のメンバーであり、反原発の立場だが、上の論文はむしろ原発推進的なラスムッセン報告(WASH-1400、1975)に基づいており、イデオロギー的バイアスはとくに存在しないと考えられる。

外部被曝は、空気に浮遊する放射性物質からのもの(クラウド線量)と、地面に堆積した放射性物質からのもの(グラウンド線量)に二分できる。今中氏の論文では、ある前提の下、空間放射能濃度(Bq/m3)からクラウド被曝線量(Sv)を求める係数 Gc と、地表放射能濃度(土壌汚染)(Bq/m2)からグラウンド被曝線量(Sv)を求める係数 Gg が、それぞれ核種ごとに与えられている。

次のようなモデルを考える。

x: 空間線量率 (Sv/sec)
y: 空間放射能濃度(Bq/m3)
z: 地表汚染速度((Bq/m2)/sec)

ある地点で 1m3 の空気中である核種が y (Bq) の速度で崩壊するとき、そこで受ける被曝線量率を x とすると、

x = Gc * y ... (1)

の関係がある。今中論文の最後に掲載された表から、Cs-137 については、Gc = 1.3e-03 (Sv * m3) / (Ci * sec) = 3.5e-14 (Sv * m3) / (Bq * sec) とわかる。

変形して、a = 1/Gc とすれば、

y = (1/Gc) * x = a * x ... (2)

Cs-137 については、a = 1 / 3.5e-14 = 2.9e+13 (Bq * sec) / (Sv * m3)。

また、今村論文によると、空気中の放射性物質の沈着速度を b (m/s) とすれば、地表汚染速度 z ((Bq/m2)/sec)は、

z = b * y ... (3)

Cs-137 については、b = 2.0e-03 (m/s)。

(2) と (3) から、a * b = c とおくと、

z = b * y = b * (a * x) = (a * b) * x = c * x ... (4)

空間線量率 xと地表汚染速度 z は比例関係にあるのが興味深い。

Cs-137 については、c = 2.9e+13 * 2.0e-03 = 5.8e+10。

いま空間線量率 x が t (sec)の時間継続したとしよう。このとき積算空間線量 X (Sv)は

X = x * t ... (5)

また地表汚染 Z (Bq/m2) は、

Z = z * t ... (6)

(4), (5), (6) を総合すると、

Z = c * X ... (7)

となる。つまり、ある地点での積算空間線量に係数 c を掛けることにより、地表(=土壌)汚染が計算できるわけだ。

全空間線量率に含まれる Cs-137 の比率

各地で空間線量率(Sv/h)が発表されているが、これはすべての放射性核種から発せられる放射線量を合計したものと思われる。自然放射線量は小さいので単純化のためここでは無視する。原発から放出された放射性物質の大部分は、I-131 と Cs-137 であろう。この2つの核種だけが放出されたと仮定する。I-131の半減期は Cs-137 に比べて4桁短いので、放射能は4桁多い。各地で検出されている放射線のほとんどは I-131 由来である。

では全空間線量率に含まれる Cs-137 の比率はどれくらいだろうか。

いくつかの仮定を置く。

U-235 の核分裂によって作られる核分裂生成物のうち、I-131 が2.8%, Cs-137が 6.1%を占める。この収率が質量ベースなのかモルベースなのかよくわからないのだが、とりあえずここではモルベースと考えよう(I と Cs は質量数に大差がないので、収率が質量ベースであったとしても大きな違いはない)。

原発の外に放出されるとき、この収率は維持されると考えよう。つまり3月11日に核分裂反応が停止したとき、モルベースで、2.8 : 6.1 で I-131 と Cs-137 が放出されはじめたと考えよう。この比率は当然ながら、各核種の崩壊速度の違いから変化していく(つまり短寿命の I-131 の比率が徐々に低下していく)。

核分裂停止時に 2.8 mol あった I-131 が 1m3 の空気中にあるとき、t (day) 経過した時点の空間放射能濃度 y1(Bq/m3)は、

y1 = 2.8 * NA * λ1 * exp(-λ1 * t) ... (8)
ただし
NA: アボガドロ定数 6.0e+23
λ1: I-131 の崩壊定数 8.6e-02(1/day)

I-131 のクラウド線量係数を Gc1 とすると、空間線量率 x1 (Sv/s) は、

x1 = 2.8 * Gc1 * y1 = 2.8 * Gc1 * NA * λ1 * exp(-λ1 * t)... (9)
ただし
Gc1 = 0.9e-03 (Sv * m3) / (Ci * sec) = 2.4e-14 (Sv * m3) / (Bq * sec)

同様に、核分裂停止時に 6.1 mol あった Cs-137 が 1m3 の空気中にあるとき、t (day) 経過した時点の空間線量率 x2 (Sv/s) は、

x2 = 6.1 * Gc2 * NA * λ2 * exp(-λ2 * t) ... (10)
ただし
NA: アボガドロ定数 6.0e+23
λ2: I-131 の崩壊定数 6.3e-05(1/day)
Gc2 = 3.5e-14 (Sv * m3) / (Bq * sec)

p = x1/x2 とおくと、

p = (2.8 * Gc1 * NA * λ1 * exp(-λ1 * t)) / (6.1 * Gc2 * NA * λ2 * exp(-λ2 * t))
= 0.46 * ( (Gc1 * λ1) / (Gc2 * λ2) ) * exp(-(λ1 - λ2) * t) ... (11)

全空間線量率に対する Cs-137 の寄与分率 r は

r = x2 / (x1 + x2) = 1 / (p + 1) ... (12)

(12) を実際に計算すると、

t(日) 0 5 10 20 22 30 40 50
r(%) 0.23 0.35 0.55 1.3 1.5 3.0 6.7 15

...(13)

というふうに、時間が経過し、I-131 が減衰するにつれ、全空間線量率に対する Cs-137 の寄与分は急激に上昇する。

今日 10μSv/h の地点で Cs-137 による土壌汚染はどうなるか?

今日(4月2日)、ある地点で空間線量率 10μSv/h を観測したとする。上の表(12)から、今日は核分裂停止から22日間が経過しているので、全空間線量率に対する Cs-137 寄与率は 1.5 % である。つまり 10μSv/h * 1.5% = 0.15μSv/h は Cs-137 に由来する。実際には原発からの放射能放出は一定の速度で行われているわけではないだろうが、単純化のため、過去21日間、この地点でこの Cs-137 濃度が保たれたと仮定する。(21日間とするのは、核分裂が停止して最初の24時間は放射能漏れがほとんどなかったため。また Cs-137の半減期は30年と長いので、過去20日程度で崩壊した分は Cs-137 全体のごくわずかである)。

従って、この地点での地表汚染速度 z ((Bq/m2)/h) は、上の式 (4) より、

z = 5.8e+10 * 0.15e-06 = 8.7e+03 ... (14)

汚染がはじまって、21 (day) = 21 * 24 = 5.0e+02 (h) が経過しているので、地表汚染 Z (Bq/m2)は、

Z = z * t = 8.7e+03 * 5.0e+02 = 4.4e+06 ... (15)

となる。これは飯館村で3月20日に観測された深刻な土壌汚染 3.2e+06 (Bq/m2) と同じオーダーである。

原発30km圏の外でも一部、空間線量率が 10μSv/h を越える地点がある。Cs-127 由来の積算空間線量を正確に求めるためには、過去の各時点において、空間線量率にCs-127寄与分率を掛けたものを求めて時間で積分しなければならない。しかし、原発30km圏内では平均空間線量率が10μSv/h を大幅に越える地点が続出していると考えられるので、上で計算した地表汚染を越える汚染が広がっている可能性が高い。

土壌汚染のレベル比較

京都大学原子炉実験所の小出裕章氏によると

チェルノブイリ強制移住: 40 Ci/Km2 = 1.5e+06 Bq/m2 以上
放射線管理区画: 1 Ci/Km2 = 3.7e+04 Bq/m2 以上

上の 4.4e+06 (Bq/m2) の土地は、チェルノブイリ強制移住措置に該当するレベルの深刻な汚染となる。