板倉 雄一郎

いやあ、本当に凄い人がいたものだ。


彼は、90年代前半、インターネット広告の可能性を見据えてハイパーネットという会社を作る。
事業は大成功。しかし、債権者とのトラブルからあっという間に倒産に追い込まれる。
高速道路を時速150キロで疾走していたら、突然ネジが外れて車がバラバラになってしまったかのように。


私は、アマゾンの読者レビューを見てさっそく、彼の代表作「社長失格」を注文した。


倒産から7年。彼は現在「板倉雄一郎事務所」を主宰している。この一見、法律事務所のような名前を持つ場所で、彼は投資家へ対する啓蒙活動を行っている。


2004年に彼が書いたエッセイ「SMU 第58号『近未来予測と失敗』」を読んで欲しい。彼がどのような人物なのかよくわかる。

自分で言うのもなんですが、数年先〜10数年先までのテクノロジーや社会、経済、ビジネスに関する予測を、僕はほとんどはずしたことが無い。

と彼が言うとおり、彼は時代の遥か先を行ってインターネット広告のビジネスを成功させる。ただ、彼の悲劇は、人の先を行き過ぎてしまうことだった。

歴史の年号を覚えるより、ストーリーの方が役に立つと確信していました。
戦略という概念が身に付きましたが、成績は悪かった。
公式を暗記するより、その公式が導き出される理屈に興味がありました。
暗記より理論の学習に時間を使ったことは、今になっては幸いでしたが、成績は悪かったわけです。
その瞬間の僕は、常に評価されないというわけです。

板倉氏は、物事の本質は何か、ということを常に考えている。そこから演繹的に未来を見る。だから、物事がどういう順序で進歩していくか手に取るようにわかるわけで、それが的確な未来予測につながっているのだろう。しかし、残念ながらこの世のたいていの人たちはそういう思考ができない。保守的・因習的で、物事が実際に起こるまで、そんな可能性があることを想像することもできない。


そういう人たちに対しても「まあしょうがないなー」と愛情を持って接することもできたかもしれない。しかし、彼は我慢ができなかった。「こいつバカじゃないか?」という表情を露骨に見せてしまう。彼は「私は、人を動かすことが苦手だった」と他のエッセイで正直に反省している。


彼は抜群に頭がよく、かつ正直である。なぜなら自分が失敗したことを、その原因分析を含めて、じつに赤裸々に吐露しているからだ。


ある読者が「読書ノート:「社長失格」板倉雄一郎」の中で次のように述べている。

この文章のうまさは天賦のものかもしれないが、処女作でこれだけのものが書けるということは、すごく頭のいい人なのだろう。そして、いうまでもないことだが、問題のハイパーネットという事業は恐ろしいほどに時代の先を見通した事業である。要するに、今はやりの無料パソコンと同じことを、インターネットの本家アメリカより何年も先に思い付いたわけである。ユーザのパソコンに広告を表示する代わりに、タダでインターネット接続を提供する。当時の価格では、パソコン自体を提供することは不可能だったが、もし、事業を継続できていたら当然、パソコン自体の無料化という展開になっていたことだろう。これだけの経営者をささえきれなかった、日本の銀行、日本の経済、日本という文化は、不明を恥じるべきである。

私も全く同感である。彼のような天才的起業家を受け入れることのできない日本の経済界の懐の狭さはまったく恥ずべきものと考える。時は移り、21世紀も5年以上過ぎた。日本の社会も少しずつ起業に対して寛容になりつつある。板倉氏ほどの逸材が、いつまでもこんな小さな事務所で満足しているべきではないと考える。彼には、ぜひもう一度挑戦して欲しい。そして、21世紀を代表するような優良企業を育てて欲しい、と心底願う。