派遣労働に関する思い出

秋葉原通り魔殺傷事件(その6)容疑者は日研総業の派遣社員で裾野市にあるトヨタグループの関東自動車工場勤務 6月一杯で辞めるよう通告を受ける

という記事をネットで見かけた。日研総業かあ。私がちょうどいまから13年まえ、1995年の5月から7月までの3ヶ月間、群馬県伊勢崎市の富士重工のバス工場で働いたときも、この日研総業という会社から派遣されて行ったのだった。正確にいえば、いまでいうところの偽装請負だったのだろう。私は、この事件の犯人と同じ25歳だった。

日研総業は、工場の近くに、新婚さんが入るような間取りのアパートを借り上げて、派遣社員を4人ずつ住まわせていた。私もそういうところに住んだ。私自身の体験からいうと、他の派遣社員たちとの共同生活は結構楽しかった。頭のいいやつ悪いやつ、人のいいやつ悪いやつ実にさまざまな連中たちがいた。高校卒の人が多かったが、大卒の私より何年か長く社会人生活をしていたせいか、考え方は大人びて見えた。

工場には派遣社員も大勢いたが、正社員とまったく変わらない仕事をしていた。(もちろん班長とよばれるグループリーダーは正社員だったけど)隣の班の、日本語があまり話せないブラジル日系人の人のよさそうなおばさんは、ある正社員の意地の悪いおばさんからいつもいじめられていた。日系人のおばさんはたぶん派遣社員だったんだろうと思う。私が、その意地の悪いおばさんに対して憤慨してみせると、人のいいおばさんはブラジル人らしい天真爛漫な笑顔見せて、国許に残してきた彼女の子供たちの写真を見せてくれた。

男性工員たちは、夕方仕事が引けると、その大多数が、作業服を着たまま工場近くのパチンコ屋に向かうのだった。私は、もともとギャンブルはやらない性質だったが、ルームメートがみな出かけるので、それはそれで面白そうだと思い、私もパチンコ屋でタバコをくわえて玉を打った。・・・勝ったためしはなかったけれど。

25歳といえば、性欲はまだまだ盛んだし、彼女がいるとかいないとか、そんなことで本気で悩んだりする。この事件の犯人も「自分は顔が悪いので、女性にモテない」と真剣に悩んでいたようだ。私も若いころ、まったく同じようなことを考えて一人悶々としたことがある。この工場ではこんな思い出がある。社員食堂は昼飯時、いつも工場の作業員や事務所の事務員でごったかえしていた。
その中に、掃き溜めの鶴という言葉のとおり、きれいな女の子がいた。彼女は、制服からして事務員だったと思う。いつも同じような年頃の女の子たち数人でいっしょに昼食を食べていた。いつか声をかけてみたいと妄想したが、工場にいた3ヶ月間一度も声をかけることはできなかった。

工場というところは基本的には男性が多い。女性はいても、おばさんばかりだ。だから、この犯人の「彼女がいない!!」という絶望感をある程度理解できる気がする。

私が、この工場で働くには、はっきりした動機があった。当時(まったく稚拙ながら)沖縄へ移住する計画があり、そのための資金稼ぎだったのだ。はじめから3ヶ月で辞めるつもりだった。工場労働は私には単調で苦痛ではあったが、期限が区切られていたから耐えられたのだろう。私が、この犯人のように、未来のあてもなく、だらだらと働き続ける立場なら、もっとつらかったと思う。まして、彼の工場では「派遣社員を6月末で200人から50人に減らす計画」があったそうで、リストラにおびえる日々だったらしい。切ないねえ。

彼のしたことはもちろん許されることではない。ただ、彼がその孤独感をもっと建設的な形で解消できなかったのか、と思うと残念だ。実際には派遣社員にもいろんな人たちがいて、自分を不幸だと思っている人たちばかりではないはずなのだが。私のように、短期で稼いで辞めるんだと最初から思っている人間には、派遣という手も悪くない。ただ、本当は正社員になりたいのに、派遣社員にしかなれない人たちは・・・しんどいだろうな、と想像する。

日本の場合、派遣業を解禁する一方で、正社員の解雇が難しいので、派遣社員という立場が濫用されているのかもしれないね。アメリカみたいに、働いている人たちはすべて正社員、ただし、生産調整のためのレイオフはあり、という方が自然だろう。レイオフというのは、単なる解雇とは異なる。「再雇用を前提とした解雇」のこと。勤務歴の長い人ほど、優先的に再雇用されるのだ。日本の企業の場合、正社員だけが(異常に)保護されていて、非正社員は簡単に解雇されて再雇用の保証はない。やっている仕事がほぼ同じなのに、変な話だよね。これは、むしろ身分制度に近い。

どうやら彼が稼いでいた給料は私が13年前にもらっていた給料とほぼ同額であるらしい。(手取り月20万円程度) バブルがはじけた後の日本の失われた年月を象徴しているようだ。日本が、若者にとって未来に希望をもてない社会になってしまっているとしたら、ちょっと悲しいね。