二人のタオさん

日曜日の今日、例の如くニャットさんと遊んだ。ニャットさんと、市内のカフェでお茶をしていると、高級官僚のタオ(Thao)さんが現れた。

タオにベトナムの官僚機構について質問をしてみた。ベトナムの政治制度について一通り調べていたので、話はスムーズに進んだ。

わかったことは、彼女は司法省(日本の法務省に該当)の南部代表機関の所長さんであるということだ。職員数は16名。意外に少ない。司法省はもちろん首都ハノイにあるのだが、そこから南部を直接指揮監督するのは遠すぎる。ということで、どの省庁もホーチミン市に南部代表機関を置いている。ホーチミン市ベトナムで最大の経済都市であることを考えると、地方の出先機関とはいえ、それなりの重要度なのであろう。日本の官僚機構で言えばどれくらいの地位なのか?局長クラス?そもそも日本の官僚組織について私はよくわかっていない。

共産党と政府の関係について聞いてみたが、どうも要領を得なかった。私と彼女の限定された英語能力だと細かいニュアンスが伝わらない。タオさんは共産党員だという。タオさんは、共産党員になるのは簡単だといい、ニャットさんは、知識が要るから大変だという。どちらの言うことが正しいのか。タオさん曰く、共産党は「すべての人々、特に貧しい人たちを幸福にする」という理想を掲げるのが役割で、それを実践するのが政府である、という。共産党に入るには、この思想に賛同することが条件である、という。不謹慎な比較かもしれないが、イエスの奇跡を信じることを入信の条件にしているキリスト教みたいだと思った。政府の要職は共産党員によって占められていて、出世に有利なのに、政府職員が全員共産党員というわけではないというから、多分、共産党に入るにはそれなりに厳しい条件があるのだろう。

驚いたのは、タオさんが私のメールアドレスを尋ねたことだ。なんと。私は、タオさんと何度もメールのやり取りをしてきたのに。実はもう一人別のタオさんがいたのだ。このタオさんこそ、もともと東京のベトナム語の先生であるハーさんが紹介してくれた女性であった。なんとなく話が通じてきてしまったので、別人と知らずメールのやり取りをしていた。やれやれ。タオという名前はベトナムではごくありふれた名前であるらしい。

そこで、もう一人のタオさんが現れた。彼女は高級官僚のタオさんよりずっと若く20代半ば。タンクトップを着たアクティブな女性であった。フランス人の友人を連れてきている。英語が堪能で、アメリカ帰りの帰国子女といった雰囲気である。外資系クリニックで事務をしている。ハーさんとはどうやって知り合ったのですか、とたずねると、「は?」という表情になった。「私は、ハーの妹です」という。やれやれ。ハーさん、ちゃんと説明してよ。彼女の友達かと思い込んでいた。

日本語を話すニャットさんやタムさんは、控えめで気遣いの多い日本人みたいな雰囲気を備えている。対照的に、ハーさんの妹のタオさんは、英語を話し、アメリカ人のように率直で主張が強い。若い人が言語を学ぶと、その言語に連なる文化から強い影響を受けるものだ。ベトナムのように経済がまだ弱い国では、若者はよりよい機会を求めてさまざまなな言語を学ぶ。韓国語、中国語、フランス語を話す若者たちもいる。彼らもまた、それぞれ韓国人、中国人、フランス人に似てしまっているのだろうか。母国語だけで暮らせない国に複雑な感慨を持った。