愚かなるバンコクのタクシードライバー

バンコクのタクシーの中にはぼったくりがいる、という話は以前から聞いていた。しかし、10回ほどバンコクでタクシーに乗って、一度も悪質なドライバーに出会わなかったので、特に警戒もしていなかった。しかし、昨日空港からバンコク市内へ向かうタクシーで初めてそういうドライバーに出会った。

4階の到着ロビーからバンコクへ帰ろうとするタクシーを拾った。この30代のタクシードライバー、とにかくお調子者でうそつきなのである。顔をくしゃくしゃにしながら、すり手をしながら、乗れ乗れといい、私がメーターを使えというと、分かった分かったという。いざタクシーが動き始めると、この男、市内まで500バーツでどうだ?と話しはじめて、メーターを使おうとしない。30秒前にした約束はすでに反故にしている。私は、この手の不正直者が大嫌いである。そこで、猛烈に抗議したところ、渋々メーターを使い始めた。

高速道路は70バーツ。私はこの男に100バーツ札を渡すと、今度はお釣りを返さない。いままで空港との往復にタクシーに何回か乗ったが、そういうことをするドライバーはいなかった。私は、この男に説教を始めた。「ビジネスというのは、正直にやるべきなんだよ。もし、君がレストランに行って、注文したのと全然違う料理が出てきて、2倍カネを払えといわれたら、ハッピーかい?二度とそのレストランにはいかないだろう?もし、その30バーツを返してくれたら、僕は君にチップをあげるよ」

ところが、この男、20バーツは返したが、最後の10バーツがないという。ない?100バーツ札を上げて、70バーツ払って、30バーツのお釣り。どこにも立ち寄っていないのに、どうして30バーツが消えるのだ?

結局、私はチップを払うことなく、このタクシーを立ち去った。このドライバーは私から100バーツのチップをもらいそこなったことになる。

この男は、悪人ではない。愚かなだけなのだ。英語はある程度、しゃべれる人で、私の言っていることは理解しているはずだ。しかし、目の前の30バーツに目がくらんでいるのだ。これはまるで、フェンス越しにバナナを見たゴリラみたいだ。少し遠回りすれば、バナナを取れるのに、フェンスに体当たり攻撃を続けて、疲労困憊するだけ。正直にビジネスをすることは、一見、損なようでいて、長い目ではそうするしかないということが分かっていない。顧客から支持されない商売人は、いずれ市場から追放されるしかないのだから。

怒りというより、悲しみがにじむ、バンコクの夜だった。