日本にシリコンバレーを作る方法

IT 業界、日本とアメリカの違い

私は、1994年に東大経済学部を卒業したあと、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入った。配属されたのは、丸の内支店で、多くの一般職女子行員に混じって、預金・内国送金・外為等の事務作業に従事した。要するに、日本企業にお決まりの丁稚奉公である。私は、その単純作業に耐えられず、半年ほどでやめてしまった。

その後、1年ほどのフリーター生活の後、東京の小さなソフトウェア企業で時給1500円のアルバイトとして働き始めた。「未経験歓迎」の典型的なブラック企業である。しかし、そこで私はソフトウェア技術者としてひとり立ちするきっかけを与えてくれた。そういう意味では、その会社に感謝している。

私の飛び込んだ SIer たちの世界は、不条理の連続であった。まさに id:JavaBlack 氏の描く世界である。何が不条理かといえば、エンジニアの実力が正しく評価されない点である。技術者間には数百倍の生産性の違いがある。給与も数百倍変えろとまでは言わないが、数倍程度変わっていてもおかしくない。しかし、日本企業は、優秀な者も無能な者も、一人いくらの「人月」で計算する。ソフトウェアエンジニアはきわめて高度な専門職であるにもかかわらず、それにふさわしい敬意が払われていないのだ。

私は、そういう環境を抜け出そうといろいろともがいた。カナダのソフトウェア企業で働いたこともある。インドの大手ソフトウェア企業でブリッジ SE として働いたこともある。Web 2.0 のブームに乗って、Ruby on Rails でウェブシステムもいくつか開発したりもした。

私の夢は、シリコンバレーで働くことだった。シリコンバレーでは次々と IT に関する新しいイノベーションが生まれている。新しい価値を生み出すエンジニアを深く尊敬する風土がある。エンジニアが軽く扱われる日本とは大きい違いだ。Googleシリコンバレーの成功の象徴だろう。

日本にも、面白い IT 企業がないわけではない。はてなはなかなか面白いサービス提供しているし、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴは高い技術力を持っている。しかし、日本人エンジニアの高い潜在能力に比較して、こうした先進的な IT 企業の裾野はいかにも狭い。(数字をあげろ、といわれると困ってしまうが。たとえば、ここここあたりを見てほしい) 「先進的 IT 企業」の定義にもよるが、日本中の会社をかき集めても、こういう会社で働いているエンジニアは合計1万人もいないのではないか。(一方アメリカでは Google 一社で2万人の従業員がいる)

むしろJavaBlack さんの描くこんな世界が日本の IT 業界の主流であったし、いまもそうであろう。

なぜ日本で IT に関してイノベーションが生まれないのか

一部の例外を除いて、なぜ日本では IT に関してイノベーションが生まれないのか。個人としては優秀なエンジニアを多数抱えているのもかかわらず、次世代の日本を牽引するような力強い IT 企業がなぜ生まれないのか。

原因は、広い意味での社会資本にある。社会資本とは、簡単にいえば、面白いアイディアを持った個人を支援して、事業化し、収益を生んでいく環境である。私はいままで、面白いアイディアを持ったエンジニアたちに無数に会ってきた。彼らは自分たち自らウェブサービスを作ることもできた。だが、大きく成長しているものはほとんどない。なぜ成長しないのか。理由は簡単で、「カネを稼ぐための仕事」が忙しすぎて、個人的なプロジェクトに時間を割けないのである。その「カネを稼ぐための仕事」の中身を見ると、案外、誰でもできるような退屈な仕事であることも多い。

エンジニアはカネの話をしたがらないが、結局、多くのエンジニアは自分の時間を切り売りして生活の糧を得ているのだ。カネに束縛されているのだ。

イノベーションを生む環境を作る

誰かが、こうしたクリエーティブなエンジニアたちを退屈な仕事から解放して、彼らにしかできない仕事に専念させてやらなければならない。それができるのは、優秀な起業家たちだけだ。冒険的な起業のほとんどは失敗してしまう。それでも生き残った一部の事業が大きな利益と雇用をもたらす。活発な起業を促す上で、日本に一番欠けているのは、資本市場的なダイナミズムだ。たとえば、誰かがスタートアップを始めたとしよう。シリコンバレーの人間だったら、まず出口(exit)から考える。株式公開するのか。大企業に売却するのか。3年後?5年後?そうやって、会社を売却することで創業者は大きな現金を得て、再び新しい起業が可能になる。

シリコンバレーでは、そうやってエンジニアが大金を手にして再び新しい技術ベンチャーを作るため、非技術者が始めるのに比べて、成功確率は大きくなる。要するに、自腹である程度の規模の会社を始められる程度に、日本のエンジニアが金持ちにならなければならないのだ。極論を言えば、日本のトップエンジニア 1000人がそれぞれ10億円ずつ持っているようなイメージである。

私は、こういう革新的な起業文化をつくりたい。そのため、実はいま、財務の勉強をしている。来年5月くらいに米国公認会計士(USCPA)試験を受験するつもりだ。資格は入り口に過ぎない。これを持って私は、資本の視点から、IT 企業の活動を捉えなおしてみたいと考えている。