南部方言に二重母音はなかった?の巻
例によってマニアックなベトナム語の話だ。
教科書を読むと、ベトナム語に二重母音として、次の3つがある。
ia(iê)
u'a(ươ)
ua(uô)
括弧の中は後に子音が続くときの記法で、たとえば ia と iê は同じ二重母音を表現している。二重母音というからには、2つの母音が連続して発音されるはずで、実際、上の3つの理論的な発音は以下の通り。
ia(iê) | [iə] |
u'a(ươ) | [u'ə] |
ua(uô) | [uə] |
(u' (非円唇後舌狭母音)は、国際音声記号では m を上下逆にした記号だが、フォントがうまく出ないので u' と表現した)
つまりは、i, u', u というメインの母音のあとに曖昧母音(シュワー)がくっつく形である。
ところが、だ。
サイゴンの人はそんな風に発音してないみたいなのだ。私は言語学者ではなく、耳の悪い言語学習者にすぎないので、話半分に聞いてほしいのだが。どうやらサイゴンの人は次のように発音しているらしい。
ia(iê) | [i:] |
u'a(ươ) | [u':] |
ua(uô) | [u:] |
ガーン。実は、第一母音が長母音化しているだけみたいなのだ。道理で、kia(あれ、あそこ)が「キー」としか聞こえなかったわけだよ。ちなみにハノイの人が発音するとちゃんと「キア」と聞こえる。
この仮説を実証するために(笑)ホテルの美人受付嬢に質問をしてみた。「下の2つの単語を発音してみて」
tiu
tiêu
すると、「発音はほぼ同じだ」という答えが返ってきた。上の2つの単語の最後に "u" があるが、これは、前に付く母音を短くするマーカーなのである。すると、iê が「イー」ではなく「イ」になるというわけだ。すばらしい。仮説が検証された(笑)。
南部の代表的な麺類は、「フー・ティウ」(hủ tiếu) である。これが正式のつづりらしいのだが、ときどき "hủ tíu" と書いてある看板も見かける。発音が同じであれば、つづりも混乱するよね。
それにしても、おそるべし、南部方言。日本では、南部の発音を体系的に説明した書籍はほとんど入手できなかった。しかし、私は、日々ここで生きていかねばならぬ。しばらくはこうやって体当たりで発音を学ぶ日々が続きそうだ。