新人OL、つぶれかけの会社をまかされる

あまりに深く感動すると書評というのは書きにくい。批評対象との距離が取りづらくなるからだ。この本はそんな一冊。

新人OL、つぶれかけの会社をまかされる (青春新書PLAYBOOKS)

新人OL、つぶれかけの会社をまかされる (青春新書PLAYBOOKS)

まず表紙の絵を見てほしい。可愛い若い女の子がピザのかけらをかじりながら、ミニスカートのビジネススーツを着て仁王立ちしている。マンガ風だが、インパクトのある絵で(特に男性は)はっと目を引き寄せられずにはいられないだろう。ノリが軽い。実際、この本はラノベなのだ。ただ普通のラノベとは違うのは、マーケティングの教科書でもあるという点だ。しかも非常にまっとうな。

著者の佐藤義典氏は、早稲田大学政経学部を卒業後、ペンシルベニア大ウォートン校で MBA を取得。外資系企業等でマーケティング専門家として働いたのち、現在は独立してコンサルタントとして活躍している。「マーケティングパラダイス」というウェブサイトの管理人でもある。

中堅の商社に転職したばかりの25歳のOLが、ある日突然、社長から経営不振のイタリアンレストランの立て直しをまかされる。マーケティングのド素人であった OL が、兄のように慕う切れ者マーケティングコンサルタントの厳しい指導と、周囲の人たちの暖かい支援を受けながら、最後は見事にレストランを生まれ変わらせることに成功する、というサクセスストーリーだ。ラノベとしても、各キャラがきちんと描きわけられていて悪くないのだが、マーケティング理論がきちんと小説のストーリーに自然に溶け込んでいるのが素晴らしい。

キーワードは「一貫性」と「具体性」だという。

一貫性とは、論理的であること。たとえば、顧客と商品の一貫性とは、客が求めるものを作るということだが、これがなかなか難しい。男性が買うものを女性が来る店で売ってしまったり、老人が買うものを子供が手を伸ばす商品棚で売ってしまったり。そんなバカな、と思うかもしれないが、私たちは買い手の立場では売り手の優劣を簡単に批評できるのに、売り手になったとたん、客が何を求めているのが全くわからなくなってしまうものだ。私なりに考えると一貫性とは、客から見て、目的が分かりやすい商品であり、それが自然に目のつく場所で売られているということではないだろうか。つまり、徹底的に顧客の視点に立つということである(これほど「言うは易く、行うは難し」なことも珍しいが)

具体性とは、肌感覚。顧客や強みと言った場合、具体的にどういう人やモノなのか。実際に個別具体的なモノを売ろうというときに、マクロ経済の話をしても仕方ない。心の中に具体的な顧客を思い浮かべて、彼らが具体的なある問題を解決するときに、どんな選択肢を思い浮かべ、その中で自分の売る商品が選ばれるにはどうしたらいいのか、つとめて泥臭く具体的に考えなければならない。だから、基本は「肌感覚」、つまり自分が顧客だったらどうするだろうと考えるのが重要だ。どうやってある商品を買おうと決断するのか、自分の心を深く内省するのが役に立つ。

「競合は、顧客の頭に浮かぶ選択肢の束」「3つの差別化軸 - 手軽軸・商品軸・密着軸」など胸に刺さるキーワードが至る所にちりばめられている。1時間くらいで軽く読めてしまうラノベ風教科書なのに、内容は実に深い。たぶん私はこれから何度も読み返すことになるだろう。そうしないと完全には理解できない。

ラノベのストーリー展開の所々に、それに沿った形で理論解説が挿入されており、「ケーススタディ→理論」という構成になっているので、すっと知識が頭に入ってくる。おまけに念入りに、理論部分だけ紙の色を少し変えていて、後で参照するのが簡単になっている。いたれりつくせりで脱帽である。

マーケティングのベテランにとってはひょっとして常識的な内容なのかもしれないが、私のように技術屋あがりで、頭でっかちなところのある人間には、この本はぴったりである。さすがトップスクールの MBA ホルダーだけあって、理論がしっかりしているので、理屈っぽい人間も納得せざるをえない内容に仕上がっている。たとえば、フリーランスとして独立したばかりの技術者で、これからどうやって顧客を獲得していこうかと悩んでいるような人たちにはおすすめの一冊である。

(最後に唯一ケチをつけるとしたら、著者の管理するウェブサイトはみなちょっとデザインが古くて怪しい印象なのが残念。さすがにもうちょっと現代的にしたほうがよいのでは、佐藤さん?)