書評「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン」
スティーブ・ジョブズの名をタイトルに含めれば、どんな本であれ確実に売れるであろう。だが、この本はそういう安易な便乗本ではない。
私は「書評人ラジオ」を始めてから、人前で効果的にしゃべることの難しさを思い知らされた。もっとうまく話したいと思うようになった。そこで手にしたのがこの本。
- 作者: カーマイン・ガロ,外村仁解説,井口耕二
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2010/07/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書はたいへんよく整理されている。目次を見れば、本書の内容の3割くらいはすでにわかったも同然だ。
第1幕 ストーリーを作る
シーン1 構想はアナログでまとめる
シーン2 一番大事な問いに答える
シーン3 救世主的な目的意識を持つ
シーン4 ツイッターのようなヘッドラインを作る
シーン5 ロードマップを描く
シーン6 敵役を導入する
シーン7 正義の味方を登場させる第2幕 体験を提供する
シーン8 禅の心で伝える
シーン9 数字をドレスアップする
シーン10 「びっくりするほどキレがいい」言葉を使う
シーン11 ステージを共有する
シーン12 小道具を上手に使う
シーン13 「うっそー!」な瞬間を演出する第3幕 仕上げと練習を行う
シーン14 存在感の出し方を身につける
シーン15 簡単そうに見せる
シーン16 目的に合った服装をする
シーン17 台本を捨てる
シーン18 楽しむ
私が特に重要だと思ったのは、次の3つだ。
- シーン2 一番大事な問いに答える
- シーン3 救世主的な目的意識を持つ
- シーン15 簡単そうに見せる
1. 一番大事な問いに答える
何かを売るためにあなたはプレゼンを行うとしよう。だが聴衆はまるであなたの商品には関心がない。聴衆が欲しているのは、聴衆一人一人が抱える個人的問題を解決することである。「なぜ気をかける必要があるのか」はプレゼンを行う側が答えなければならない質問なのだ。あなたが売ろうとしている商品が、聴衆の問題解決にどういう風に貢献できるのか、分かりやすく説明できなければならない。
ジョブズはプレゼンで、技術的な専門用語を使わなかった。本書は次のような例を挙げている(P53)(下の例はジョブズの言葉ではないが)。
(専門用語だらけの例)
サーバ仮想化とは、物理的に1台であるサーバーコンピューターを複数のサーバーに分割し、それぞれが独立したマシンであるかのように取り扱うことができる技術だ。
(使う人にとって何がうれしいのか強調した例)
仮想化製品を使うと、物理的に1台のサーバーでひとつではなく複数の業務ソフトを走らせることが可能になり、電気代を節約するとともに、購入したハードウェアを最大限活用することができる。
後者のほうがあきらかに分かりやすい。もちろん技術者向けには前者のような話し方もありだろう。だが、より多くの人たちに理解してほしいのなら、後者のように「聴衆はなぜ気にかける必要があるのか」ということ説明するのがよい。
2. 救世主的な目的意識を持つ
ジョブズのプレゼンが圧倒的な説得力を持ったのは、第一にジョブズが本気で売り込もうとする商品に情熱を感じていたからだ。ジョブズは次のように語っている。
大好きなことを見つけてほしい。仕事というのは人生のかなり大きな部分を占めるわけだけど、本当に満足するには、すごい仕事だと信じることをするしか方法がない。そして、すごい仕事をするには、自分がすることを大好きになるしか方法がない。まだ見つからないなら、探し続けてほしい。あきらめちゃいけない。
著者は、「お金のために金儲けをすれば、まず間違いなく人生の使命を見失う」とも言っている。「自分の作った商品を喜んで使えるか?」と自問してイエスと答えられるか?答えられなかったら、たぶんどんなにプレゼン技術を磨いても、その商品が売れる可能性は低い。そこに情熱がないからだ。
本気で自分の情熱を追いかければ、生き方を変える必要があるかもしれない。だが、情熱的に仕事をしない限りは、救世主的な目的意識をもって、周囲をどんどん巻き込んで行くことはできないのだ。
3.簡単そうに見せる
ジョブズが行った史上最高のプレゼンは、おそらく2007年に iPhone を初めて披露したときのものだ。
http://youtube.com/watch?v=L0XeQhSnkHg
このプレゼンを見ると、ジョブズはまるで親友に気さくに語りかけるように、ごく自然に振る舞っている。
だが現実はまるで逆だ。ジョブズほど細かく舞台を作り込んだ人もまずいない。彼はプレゼンのためにものすごい量の練習をする。ジョブズは何週間も前に準備をはじめ、話す予定の製品や技術について勉強していく。2001年には、ジョブズが iDVD というソフトのたった5分間のデモを行うために、スタッフに数百時間に及ぶ準備をさせたという。ジョブズがたとえ本番でつまずくことがあっても、そつなく対処してプレゼンを前に進めて行けるように見えるのは、この膨大な量の準備の賜物なのだ。
ましてジョブズより遥かに才能で劣る私たち凡人たちが、練習なして素晴らしいプレゼンをこなせるはずがない。本書も紹介しているが、おすすめなのはビデオに自分の話す姿を撮影することだ。これは今の時代、Youtube を使うと簡単にできる。最近の PC ならたいていカメラが搭載されているので、これを使ってビデオを撮ればいい。いかにぎこちなくしか話せないかわかって、最初は気落ちするかもしれないが、繰り返し練習して行くしない。あの天才ジョブズさえもそうしたように。
簡単なことばで話そう
上の3項目の他にもう一つ、心に突き刺さる言葉があった。これはプレゼンだけでなく、書く文章にも応用できる話だ。
米国にスージー・オマーンという有名な経済評論家がいるようだ。この人は、金融の難しい話を、わかりやすく説明することで有名な人らしい。なぜそんなに分かりやすく話せるのか、という質問に対する答えが素晴らしい(p218)。
頭がいいと思われたくて、自分が持つ情報でほかの人に強い印象を与えようとする人が多すぎるだけです。
他人がどう思おうと私は気にしません。私が気になるのは、提供する情報が聞き手や読み手の力になるかどうかだけです…話を聞いている人に変わってほしい、そういうメッセージにしたいと思うなら、できるだけシンプルなメッセージにしたほうがいいと私は思います。たとえば、我が家に来る道順を教えてもらうとしたら、なるべくシンプルなほうがいいでしょう?ごちゃごちゃした道順を教えられてもいいことはありません。いらいらしたり行くことをあきらめたりするでしょう。でもシンプルな道順なら、行ってもしょうがないと自分を納得させず、とりあえず行ってみようとするでしょう。
シンプルであることを批判する人は、もっと複雑なのだと自分が思いたい人なのです。シンプルだとみんなが思ったら自分の仕事がなくなるかもしれないと思うからです。必要以上に難しい言い方をするのは、自分が消されてしまうかもしれないという恐怖があるから、自分の居場所がなくなるかもしれないという恐怖があるから、注目されなくなるかもしれないという恐怖があるからなのです。
うなるしかない。私はこの「知識を伝えるのは道順を教えるようなもの」という考え方が好きだ。私のブログの文章は、いままでちょっと難しすぎた気がする。もっと易しく書けるはずなのに、そうしなかった。実際、私が人と話すときには、そんなに難しい言い方はしない。その理由はやっぱり自分が頭のいい人間だと読者に印象づけたかったからかもしれない。これからは「バカみたいだ」と思われる恐怖と戦いながらも、なるべく簡単に書くように心がけよう。
ジョブズの好きな言葉に
洗練を突きつめると単純になる(Simplicity is the ultimate sophistication)
というレオナルド・ダ・ビンチからの引用がある。
奥深い内容を表現するのは難しい。それを平易な言葉で表現するのはもっと難しい。だが、そうやって頭をひねるうちに、「一体何が本質なのか?」という問題に答えていくことになる。聴衆(読者)に何を伝えるべきなのか、深く考えさせられる。その試練をくぐり抜けて、生まれた言葉は強い力を帯びるだろう。
本書は、プレゼンという枠をこえて、人と人の間のコミュニケーションの本質を教えてくれる良書。自分の意思をより効果的に表現したいと模索する人たちにお勧めしたい一冊だ。