書評「君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?」

私は、田村耕太郎さんに一度だけ会ったことがある。ある UStream 放送企画にともに出演したのである。田村さんは笑顔を絶やさない紳士だった。だが身体が大きく筋肉質で、元政治家というより(失礼ながら)プロレスラーぽいと思ってしまった(笑)。私の拙い質問にも丁寧に答えてくださる気配りの人でもあった。

そんな田村さんが最近、新しく本を上梓したというので、ご本人自ら献本してくださった。深謝。

君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?

君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?

愛称は「君ワク」で、相当売れているらしい。「若者よ、国際人たれ」と煽りまくる本である。田村さんは、大学時代、スイスで衝撃を受け、外国で学ぶうちに大きく知的・人間的に成長していく。海外で活躍する日本人たちへのインタビューあり、具体的な留学指南あり英語学習法ありと、内容は盛りだくさんだ。一つ一つの内容は、田村さん自身の経験に裏打ちされたものだ。

良書だと思うし、特に20代前半までの若い人たちには一読してほしいものだ。ただ、私個人としてはなかなか複雑な思いで読まざるを得なかった。そのわけを以下で解説しよう。

田村耕太郎さんの学歴は凄まじいことになっている(以下は本書の末ページからの引用である)。

早稲田大学、慶応大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学大学院国際経済及び開発経済学科を各卒業。オックスフォード大学上級管理者養成課程(AMP)修了。

…っていったいいくつ学校を卒業しているんだ??(笑)。

私は大学時代は学者になるつもりだった。東大の経済学部の場合、卒業後、米国大学で博士号(Ph.D)を取って日本に戻り大学の教職に就く、というのが典型的な学者コースであった。だから私もおぼろげにそういうコースを取って米国で博士号を取るものと考えていた。だが、運命のいたずらでそういうことにはならなかった。

ただ、いまだに私は米国(英語圏)の大学への憧れを残している。米国の一流大学の修士や博士課程を修了して、欧米のエリートコースを歩んでいたら私の人生はどうなっていただろうか?それを思うとわずかに胸が痛む。私は欧米的な学歴エリートとしての道を選ばなかった。そのことに関しては私自身の選択の結果であり、言い訳のしようがない。大学に戻るべきか何度も迷っているうちに、時代はオンライン大学へ移行しつつあり、従来型の大学に高い授業料を払って戻るのもややバカバカしい気もしてきている。

とはいえ、若い人たちが海外の大学に実際に行くことは、大きな意味があると思う。そこで世界各地から来た生身の人間たちとふれあって、異文化について学ぶことは一生の宝になるだろう。

田村さんの留学指南はやや歯切れがわるい。歯切れが悪くなっているのは、彼が対象読者層を絞り込めなかったからだろう。

日本は格差がほとんどない社会だ。翻って海外では、エリートと庶民は社会的地位が完全に隔絶している。米国の一流私立大学が相手にしているのは、富裕層の子弟たちだ。でなければいくら米国人でもあんなに高い授業料(年数万ドル)が払えるはずがない(もっとも大学院以上では奨学金が充実していて、かなり安く授業が受けられる、という話を聞いたこともある)。田村さん自身は、経歴から察して、おそらく「欧米人にも認められるエリート」になりたかった人だと思うし、そういう日本人の若者が増えてほしいと願っているのではないか。実際、日本の政財界リーダーの著しい質の低さから見ても、日本人には真のエリート教育が必要だ。だがエリートはほんのわずかで構わない。エリート予備軍向けにだけ本を書いたのでは、読者層が薄すぎる…そんな風に田村さんは考えたのではないか、などと妄想してしまった。

田村さんのいうとおり、シンガポールやインドの大学に行くほうが経済的には多くの人たちにとっては現実的だ。教育水準も高いわりに授業料は安いし、世界中から学生が集まっているので、国際的な体験を積めるだろう。ただ、欧米人はあまり認めてくれないかもしれないが…。経済的に欧米が没落しアジアが勃興しつつある一方で、政治や文化の面では欧米が世界をリードし続けているという今日の複雑な状況において、「この欧米人は認めてくれない」という部分が、どれくらい重要なのか、重要でないのか、最近、私もさっぱり分からなくなってしまった。それへの答えを見つけようとしていま私はドイツに来ている。

なんとも混沌とした時代だ。だが混沌としているからこそチャンスもあるし、面白いとも言える。意欲的な若者は、いちど日本に出た方がいい。別に外国にずっといろといっているわけではない。日本が大好きな人たちは、大好きであればこそ、いちど外国に行って学んだり働いたりしてみるべきだ。これから、製造業であれ日本文化であれ、日本の持てるものは何でも外国へ売って行く姿勢が必要だからだ。そして外国人に高く売っても喜んでもらうためには、彼らの視点を学ばなければならない。本書から、外国で学び働くためのヒントが数多く得られるだろう。