ベトナムのお葬式

私が滞在しているファム・グー・ラオ(Pham Ngu Lao)エリアは、サイゴン最大の外国人向け安宿街である。タイのバンコクを知っている人なら、カオサン通りみたいなものだと思えばいい。東京でいえば、六本木の繁華街みたいな感じか。私の宿泊先の近所の小さなホテルで、数日前から突然お葬式が始まった。

ホテルのオーナーが亡くなって、一階の小さなロビーが臨時の葬祭場になった。聞くところによると、ベトナムではお葬式は自宅でやるらしい。ホテルといっても、家族営業の民宿みたいなものだから、ここでお葬式をやっているのだろう。

それにしても不思議な光景である。このあたりは欧米人旅行客がガイドブックを片手に闊歩し、それ目当ての物売りや靴磨きが集まり、ホテルとホテルの間には、レストラン・バー・カフェが立ち並び、昼間からまったりと外国人旅行客やベトナム人がビールを飲んでいるようなエリアなのである。そこに突如としてお葬式が出現したのは、なんとも場違いな印象を与える。お葬式が始まっても、両隣のレストランは平然と営業を続けている。客は入るのだろうか?

ホテルの入り口から突き出すように、仮設のテントが張られ、その両脇には、造花の花輪が飾られている。毎朝、お坊さんが来ては、にぎやかな楽曲とともにお経を読んでいく。参列者は、白装束である。ベトナムでは葬式では白を身につけるらしい。奥を覗き込むと、ホテルの受付のテーブルの手前に、祭壇がつくられ、遺影が飾られている。聞くところによると、ベトナムではお葬式は4日間続くとのことである。

ベトナムが本格的に西側諸国と付き合い始めたのは1990年代の半ばからである。この国には、家族営業を超える資本主義的な企業経営はまだ根付いていないように思える。外資系や国営のホテルを除くと、ほとんどのホテルは家族営業であるようだ。この葬式の主も、利益至上主義を貫くのなら、葬式は別の場所でやって、ホテルの営業はそのまま続けるべきだろう。(そもそも客が葬式なんてやったホテルに泊まりたがらないような・・・)このように、家族中心主義とビジネスが分かちがたく結びついているところが現在のところのベトナム経済の特徴であるような気がする。